第2話 転移

「はぁ……はぁ……」

 俺は一心不乱に校舎内を走り回っていた。


 なんで、どこへ行っても人が居るんだ。

 

 今は昼休み。

 校内のどこを見渡しても人の姿があった。


「はぁ……はぁ……どこか人の居ない場所は――」

 なぜこんなに必死に走っているかと言うと、つい数分前の教室での出来事――。


     * * *


「おい、焔、お昼だぞ~!弁当食おうぜ〜!」

「はぁ……おはよう……もう、そんな時間?」

「おはようじゃねーよ! もう、お昼だぞ! お前、また寝てたのかよ!」

「だって、授業が退屈だったから……」

「そんな調子だと、次のテストは赤点だな!」

「うぅ……テスト前になったら、また勉強を教えてくれよな。わが友よ!」

「またかよ、めんどくせーな! 悪いことは言わねーから、普段からちゃんと授業を聞けよな!」

「へいへい!」

「本当にそう思ってんのか? まぁいいけどさ。それより早く飯にしようぜ!」

「わかった! えっと、弁当は……」

 鞄の中から弁当箱を取り出そうと手を入れる。


 あれ……?

 おかしいな……?

 鞄の中に弁当箱がない。

 代わりに何だ……?

 この柔らかい感触……。


「何だ、これ……?」

 寝起きでまだ頭が十分働いていない中、鞄から取り出したものは――。


 ニャ――!


 と今にも鳴き出しそうなぐらい愛くるしい顔。


「……ね、猫⁉」

 のぬいぐるみだった。


「うわぁっ―――!」

 慌てて、鞄の中に戻した。


 え、なんで……⁉ 

 慌てて周りを見渡した。


 皆、食事や会話に夢中だ。

 目の前の友人も弁当を夢中になってがっついて、気づいていない。

 良かった……。

 でも、何でこんな物が俺の鞄の中に……⁉


「焔、どうしたんだ? 弁当は?」 

「あっ、えっと……それが……あ、そう、家に弁当を忘れたっぽいわ……」

「もう、何やってんだよ、バカだな!」

 ぬいぐるみなんかを学校に持ってきていることがバレたら一大事だ。

 ここは、仕方ない!


「ごめん、購買で何か買ってくるわー!」

 俺は鞄を持って、教室から飛び出したのだった。


      * * *


「よし、ここなら!」

 校内中を走り回り、辿り着いたのは校舎裏。

 周りに誰もいないのを確認した後、俺は鞄の中を広げた。

「うーん、やっぱり……」

 何度見ても、鞄の中には猫のぬいぐるみ。

 愛くるしい顔にふさふさの毛の茶トラ猫……。

 どこかで見た様な……。

 そうだ、妹のぬいぐるみだ。

 ということは――妹の仕業だな。

 アイツ、家に帰ったら説教してやる!


「で、肝心のお弁当は……?」

 鞄の中を全て取り出していく。

 逆さまにひっくり返しても、中に入っていたのは教科書とぬいぐるみのみ。

 肝心のお弁当は入っていなかった。


 ――ぐぅぅぅぅぅ……

 お腹は空腹だ。


「とりあえず、今は購買で何か買うか……んっ⁉」


「……ごめんなさい!」

 誰かの声がした。

 同時にこちらに近づいている。


「ヤバイ、誰かがこっちに来る⁉」

 慌てて中身を鞄に戻し、その場を立ち去ろうと走り出し、勢いよく校舎の角を曲がった時だった。


「わ、わ、わぁっ――⁉」

 反対側から、同じく誰かが飛び出してきたのだった。


「……え、えっ⁉」

 飛び出してきた相手は――。


「えっ⁉ ……玲奈⁉」

 お互いに避けることができず……。


「きゃっー⁉」

「あぶないっ⁉」


 ぶつかった。


「……えっ?」

「……えっ?」


 思わぬ出来事に驚いた。 

 この感覚……。

 ひょっとして……。

 俺と……。

 玲奈の……。

 唇が……。

 重なってあって……。

 いる……? 

 所謂、キスという行為だった。


 空中で思わぬ形でキスをしてしまった。

 地面に倒れるまでの僅か数秒。

 なぜか、その一瞬一瞬がコマ送りの様にゆっくりと見える。

 間近に迫った玲奈の顔。

 この距離でもドキドキするほど可愛い顔。

 しかし、目の周りや鼻は真っ赤だった。

 そして、頬には涙。

 もしかして、泣いている? 

 でも、何故? 

 玲奈が飛び出して来た角の先。

 ぼんやりと人の姿が――。

 あれは噂の先輩!? 

 でも、玲奈と先輩に一体、何が……⁉ 

 と考えていく間に、視界が徐々に真っ白になっていく。


「って、な、なんだこれ……⁉」

 よく見ると、周りが真っ白な渦に包まれているではないか。

 そして、マンホールの表面がまるで魔法陣の様に光り出し、見たことのない文字が浮かび上がった。


 ವണЂ̐Ԧشބޓ₠ᦖΐᚠᑒᏒᏔဂꬕꡱꗳꕆようこそフレアワールドへ



 そして、いつの間にか――。


「えっ? 嘘だろ……」

 地面が無くなり――。 


「わああああああああああああああああああああああ――――」

 俺たちは光の渦の中へと飲み込まれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る