第50話 俺の自信は愛しい人 [side マクシミリアン]

「俺みたいなのがアレクの隣に立って良いんだろうか……」



 今日も今日とて周りから聞こえよがしに「あんな醜男がなぜ」や「本当は脅して婚約させたんじゃないか」などの言葉が何度も聞こえて来た。

 俺自身もそう思ってるんだから余計に心に刺さる、だからついアレクの兄であるオーギュに愚痴を漏らしてしまった。



「マックス、私の大切な妹を修道院送りにするつもりか? あの時アレクが言ってたのは本気だぞ?」



「わかってる、明後日の卒業生達のパーティーの準備していたら……来年アレクシアと出席するんだと考えてしまって、絵面を想像したら死にたくなっただけだ」



「あぁ、そういえば女神と魔物の組み合わせだとか言ってるやつもいたな。だけど一緒に出席できなかったらアレクは泣き崩れるぞ? じゃあ食事を取ってくるから中庭でな」



「わかった、いつもありがとう」



 いつも昼食を摂っている四阿あずまやへ先に行く、周りを不快にさせない為とはいえ毎回オーギュに持って来て貰っている事も情けない。

 1人でぼんやり待つ間に無意識に何度もため息が漏れている事にも気付かず空を眺めていると、鈴を転がした様な愛らしい声が耳に届く。



「こんにちはマックス、何か悩み事でも?」



「あ、いや、何でも」「周りの妬む声にアレクの隣に居ていいのか自信が持てなくて悩んでるんだ」



 やはり姿見ると離れたくないし、その隣を誰にも譲りたく無いという思いが強くなる。

 心配そうに尋ねる姿に慌てて大丈夫だと言おうとしたらオーギュが暴露してしまった、こんな情け無い事で悩んでいるなんて知られたく無かった。

 ジロリとオーギュを睨んだが、シレッとした顔で座り食事を始めた。



 アレクはいつもの隣の席に座ると俺の手を両手で包んだ、相変わらずの優しい柔らかさに涙が出そうだ。



「マックス、私はあなた以外の方の隣で生きて行きたくないの、マックスが嫌だと言うのなら私は潔く修道院へ行くわ。でも……、マックスも私の隣が良いと思ってくれてるのに自信が持てないというのなら、私の言葉に自信を持ってちょうだい。そうすればマックスが自分に自信が無くても私の言葉を信じてくれている限り私の隣に居てくれるでしょう? それとも私の言葉すら疑うのかしら?」



「アレクの言葉を疑うなんて……ありえない」



 それだけは自信を持って言える、この美しい女神はいつも俺の欲しい言葉をくれて甘やかそうとしてくる。

 俺を見つめる美しい瞳に映る醜男のはにかむ姿に正気を取り戻すと同時に、オーギュの咳払いが聞こえた。



「ンンッ、愛情を確かめ合うのも良いが早く食べないと冷めてしまうぞ」



「ふふっ、そうね、いただきましょう」



「ああ……、ありがとう、アレク」



 心からの言葉を伝えると薔薇すらも色褪せて見える美しい笑顔を見せてくれた、食事しながらする会話は同じように学園と寮で生活しているはずなのに多岐にわたる。

 授業や先生の話の時もあれば政治の絡む噂話、趣味の可愛らしい話や俺達が退屈しないように剣術の話の時もあった。



「ちょっと失礼」



 不意にアレクが立ち上がり、ハンカチで俺の口の端を拭った。



「うふふ、口の端にソースが付いていたわ。マックスにも可愛らしいところがあるのね」



 状況を理解した俺の顔は一瞬で真っ赤になってしまった、ソースを拭われた事もそうなんだが、拭われる瞬間目の前にあった確実に成長している膨らみに目を奪われたからだ。

 こんなに純真で優しいアレクを邪な目で見てしまった自分が情け無くて恥ずかしくて、手の甲で顔を隠すように横を向いた。



「も、申し訳ない……」



「ふふ、いやだわ、そこは申し訳ないよりありがとうと言うべきよ?」



「あ、ああ、ありがとう……」



 すまないアレク、本当は申し訳ないで正解なんだ……!

 横から見ていたオーギュには俺の視線がどこを向いていたのかバレていたのだろう、痛い程に呆れた視線が突き刺さっている。

 くっ、2人きりは緊張するが、こういう時は2人きりの方がいいと思ってしまう。



 いや、しかしアレクの魅力を前に2人きりで手を出さずに我慢できるのかと言われたら、是とは答える自信は無い。

 正式に婚約者になったんだから口付けくらいは許されるだろうか、13歳であればそういう知識も学ぶ頃だよな。



 卒業パーティーならばアレクも14歳になっているし、雰囲気的に許されそうだが……問題はそれまでの1年間お預けという生殺しに俺が耐えられるかどうかだな。

 アレクに無体な事は絶対しない自信はあるが、口付けや抱き締める程度の事はしたい。



 そんな事を考えているなんてバレたら幻滅されてしまうだろうか、微笑むアレクを見ていたら肩の力が抜けて自然と俺も笑顔になる。



「ちょっと失礼するよ、すぐに戻る」



「ああ」



 オーギュが用を足しに席を立った、ごく稀だがこうやってアレクと2人きりになれる瞬間は至福のひと時だ。

 ぎこちなくならないように気をつけながら会話を続け、オーギュが居ない今しか無いと唾を飲み込んでから口を開く。



「アレク……、その、手を……繋いでも良いだろうか……」



 勇気を出して言った言葉に、アレクは嬉しそうな笑顔で頷いてくれた。



「もちろん! だって……、婚約者ですもの……ね?」



 照れながら婚約者と言う姿は反則級に可愛い、アレクに近い左手ではなく、敢えて右手でアレクの右手をそっと握ると自然に身体が引き寄せられて距離が近づいた。

 アレクから良い香りがしてクラクラする、早くなる鼓動を宥めながら気付かれないようにそっと深呼吸していたら頬に柔らかいものが触れた。



「婚約者ですもの……これくらいはいいでしょ?」



 悪戯っぽく微笑みながら上目遣いで俺を見るアレク、何だこの可愛い生き物は!!

 空いている左手がアレクの肩を抱き寄せようと動いた瞬間ヒンヤリとした声が聞こえた。



「2人共、距離が近過ぎないかい?」



 簡単に俺の理性を吹き飛ばしてしまうアレクの可愛さに、やはり俺達にはオーギュの存在は必要だと改めて思い知らされた。

 

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