第44話 呼び出し

「アレク、あなたのところにも招待状が届いてるのかしら?」



 アレクシアはあれからマクシミリアンとは多少ギクシャクしてる気がするが、何事も無くというか何も進展しないまま2週間が過ぎた。

 そして授業も終わり、寮に戻って来た時に手紙を渡された。それは王家の蝋封が施されたものだった。



 部屋に入ろうとした時に先に帰寮していたリリアンに声を掛けられ、出てきた言葉が招待状。

 基本的に王宮からの招待状は家を経由して渡されるが、どうやら今回は個人的な呼び出しのようだ。



 封を開けて手紙を読むと、次の週末にこの招待状を持って来るようにと書かれていた。

 何故か差出人の名前が無く、代わりに王家の紋章が使われている。

 2人は不思議に思いながらもお互いの実家から王宮に向かう事にした。



 そして当日、アレクシアの父親も知らなかったらしく、とりあえず呼び出したのは陛下ではないはずだと言われた。



(やっぱり普通に考えたら王妃様かいなぁ? 未就学の子供らやとオデット王女のええ話し相手になる子ぉがおらんのやろか。それともリシャール王子が寂しがっとるとか?)



 王宮へ向かう馬車の中で悶々と考えていると、パスカルが2台馬車を挟んだ前に恐らくリリアンと思われる馬車が見えると教えてくれた。

 もしかしたらリリアンなら公爵家で何か聞いているかもしれないと期待しつつ衛兵に招待状を差し出す。



「はい、確かに拝見致しました。では東の降車場へ向かって下さい、案内が居りますので」



「わかりました」



 普段は南の降車場を使うのに、いつもと違う場所でお話しをするのだろうかとアレクシアは首を傾げた。

 パスカルは降車場で馬係に愛馬を預けると、フランソワから叩き込まれたエスコートで馬車から降りるアレクシアを手助けした。



「ありがとう、パスカル」



「いえ、久々にお嬢様をエスコート出来て嬉しいです」



 折角専属護衛になったというのに、学院に入ってからは週末しか役に立てて無いと嘆いていたパスカルは、久々に共に王宮に来れて喜んでいた。

 2人が顔を見合わせて微笑み合っていると迎えの案内人に声を掛けられた。



「アレクシア・ド・ラビュタン侯爵令嬢、お待ちしておりました。ご案内致します」



「ええ、お願いね」



 侍従らしき男の後をついて歩く、アレクシアの斜め後ろにはパスカルがついて来ているのでいつもと違うルートでも安心して足を進めた。



「こちらでお待ち下さい、護衛の方は扉の外で待機と命じられております」



「えっ!?」



 側を離れる事になり、パスカルが驚いて声を上げた。

 今までのお茶会では声は聞こえない距離であっても姿は見える位置で待機というのが殆どだったからだ。



「護衛の方はここまでです」



 再度表情を変えない案内人が言ったのでアレクシアはパスカルを安心させる様に微笑んだ。



「大丈夫よ、ここは王宮内ですもの。それにリリアンもいるはずよ」



「はい……、わかりました」



 心配そうなパスカルの視線を背中に感じつつ、案内人が開けた扉を潜るとそこには誰も居なかった。



「あれ? リリアンがいない……、お手洗いにでも寄り道してるのかしら?」



 それなりに豪華な調度品と、部屋の左右に隣へと続くであろう扉があった。

 どちらかの扉から呼び出した人、恐らく王妃様が来るのだろうとソファで座って待つ事にした。

 すぐに扉がノックされたがそれは紅茶を持ってきた侍女で、すぐに退室して行く。



 今度はノックではなく、ソファの背後に位置する扉がいきなりガチャッと音を立てて開く。

 そこに居たのは王妃様では無くテオドール王子だった、アレクシアは立ち上がるとカーテシーで挨拶をする。



「待たせたな、こうして話すのは随分と久しぶりではないか?」



「これは……、テオドール様、招待状を下さったのはテオドール様だったのですか?」



「ああ、そうだ」



 ニヤリと笑ったその笑顔を見た瞬間、何故だかアレクシアは背中にゾワッとしたものを感じた。



「リリアンも一緒に招待状を頂いたはずですが……、リリアンはどこにいるのですか?」



「リリアンは……、別の部屋で待って貰っている。少しアレクシアと話をしたくてな、座ってくれ」



「……はい」



 言われてソファに座り直すとすぐ隣にテオドールが座り、驚いてアレクシアが立ち上がると、パッと隣にあった手首を掴まれてしまった。



「あの……、お離し下さい。まだ子供の年齢とはいえ、婚約者でもない方と2人きりで近くに居てはいけません……!」



「ならば俺の婚約者になればいい」



「何をおっしゃるんですか、王族の婚約者は個人で勝手に決められないはずです。それに……、いえ、何でもありません」



 想う人が居る、そう言いそうになり目を伏せると、手首を捕まえている手が更に強く握られた。



「あの醜男の方が良いとでも言うつもりか!?」



 テオドールの言葉にアレクシアはヒュッと息を飲んだ。



「な、なぜ……」



 アレクシアは何とか震える声を絞り出した。



「お前は俺と共に食事をしようとしなかっただろう、だから手の者に様子を探らせていたんだ。まさか……よりによってあんな醜男が良いとは……、報告を聞いた時は耳を疑ったぞ。俺ならあんな奴よりもっと良い思いをさせてやれる、だから俺を選べ!」



 テオドール王子は立ち上がると、アレクシアを抱き竦めようと掴んだ手首を引っ張る。

 欲を孕んだ男特有のギラついた目を見た瞬間、アレクシアはスゥッと頭の奥が冷たくなり報復する事に躊躇いは無かった。



(こんガキャぁ、こちとらまだ12歳やぞ!? そんな子供相手に何盛りついとるんじゃあ!! 喰らえ、見様見真似大外刈り!)



 テオドール王子がティーカップの方へと倒れ込んだ拍子に、ガシャーンと大きな音が鳴ってパスカルと元々扉の前に居た騎士が飛び込んで来た。



「あらあら、第2王子のお召し物が濡れてしまいましたね? お召し替えもせねばならないでしょうから私はこれで失礼致します」



 アレクシアは自分でも思ってもみない程の冷たい声音でそう告げると、テーブルに倒れ込んで茫然とするテオドール王子を置いて侯爵家へと帰った。

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