第29話 授業開始
入学式の後、2日間の休みの為に実家に帰ったアレクシアはオーギュスト以外の家族が誰かしら常に側に居る状態だった。
主にエミールだがシスコン度合いが悪化しており、数日会えなかっただけなのにその時間を埋めようとばかりに一緒に寝たいと言い出しアレクシアを辟易させた。
思春期に入れば掌を返した様に素っ気なくなるだろうと前世の弟で学んでいた為、今だけだと思いながら一緒に寝てあげたアレクシアも自覚無きブラコンだ。
そんなべったりな家族から離れて学園寮へと戻ったアレクシアは、寮まで護衛してくれた名残惜しそうなパスカルを尻目に機嫌が良かった。
(実家やと自分でお菓子作りもさせて貰えへんからな、寮やったら部屋のキッチン使えるし材料も
アレクシアはマクシミリアンに近付く為にオーギュストに、差し入れという形で会いに行こうと目論んでいた。
前世では兄が高校進学で最寄りの男子校に入学した為、バレンタインが近づくと兄の友人達に「女の子の手作りチョコを貰えるというステータスを下さい」と土下座ならぬ土下寝で頼まれるのが恒例だった。
小学生の頃から知っている上、よく家で遊んでいた人達なので趣味で作っていたお菓子を時々振る舞っていたのだ。
中学生の頃は共学だった為後輩やら同級生に貰えていたが、バレンタインが近づいて男子校という現実に気付いたらしく、プライドを捨てて友人の妹でる私に白羽の矢を立てたのだ。
その為お年頃の男の子にも受け入れられる、甘過ぎないお菓子を作り慣れているというアドバンテージを思う存分発揮するつもりでいる。
基本的に貴族女性が料理する事は無い。騎士であれば野営の為に最低限覚えたり、または使用人として仕える為に勉強するがアレクシアの様な上位貴族の令嬢であればありえない事だ。
実際厨房に出入りしたいと侯爵家で言った時は、とんでもないと止められてしまったのだ。
その日からずっと入寮したら作れると狙っており、やっと材料も手に入れられてご満悦だった。
(折角作るんやったら
「お嬢様ったらまだ起きておられたのですか? 明日からは授業が始まるのですから早くおやすみ下さい」
「はぁい」
寝る前に記憶にあるレシピを書き出してニマニマしていたら、ニコルに怒られたのでそそくさとベッドに潜り込む。
明日は帰って来てから夕食までに作業しようと決意して目を閉じた。
翌朝、笑顔全開でオーギュストに挨拶するアレクシアに、周りは視線が釘付けになった。
教室に入っても笑顔の絶えないアレクシアに対し、リリアンとレティシアはお菓子作りにチャレンジ出来る喜びで機嫌が良いと思っている。
まだ誰もアレクシアがマクシミリアンに想いを寄せている事に気付いていなかった、否、もしも熱っぽい瞳で見つめていてもそんな訳は無いと自分が見たものを信じないだろう。
そんな訳でアレクシアのクラスの男子生徒はソワソワと落ち着きが無い、リリアンという美少女も同じクラスの為、3クラスの中でもアレクシア達のいるAクラスになった者達は勝ち組と言える。
最初の授業は、家庭教師のジュスタン先生の息子である現コロニー子爵が歴史の先生として教壇に立っていた。
一見優しそうな笑顔がジュスタン先生とよく似ていたので、教室に入って来た時にすぐに気付けた。
クラスには平民も居る為、アレクシア達家庭教師に習っていた貴族にとっては復習の様なものだった。
算数の授業も……、そう、算数なのだ。数学ではなく小学校で習う実用的な計算のみなので、1年生は足し算から始めていたりする。
必死に学ぶのは家庭教師を付ける余裕の無かった家や平民だ、特にマナーの授業ではお茶会の作法などアレクシアならば息をするように自然に出来る事でも平民にとっては未知の世界だったりする。
アレクシアとリリアンは同じカロンヌ伯爵夫人にマナーを叩き込まれているので、見本として実演する様に先生に頼まれた。
2人の完璧な所作や受け答えに、一挙手一投足ごとに周りからため息が漏れる程だった。
(ほんまリリアンがおってくれて良かった! この視線を1人だけで耐えるのは辛過ぎるわ。とりあえず皆が私らを見慣れるまでの辛抱やろ……)
午前の授業が終わり、昼休みの鐘が鳴るとアレクシアは目を輝かせた。
もちろん狙っているのは食堂でマクシミリアンを『見る』事だ。
リリアンとレティシアと共に食堂へ向かうアレクシアは忘れていた、いや、考えていなかった。自分がその他大勢の生徒と同じように過ごすには、有名になり過ぎていた事を。
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