第15話 迷路での秘め事

 庭木で出来た迷路の中心部、そこは少し開けた空間になっている。

 もう少しで到着するという時にアレクシアはセザールに問いかけた。



「セザール様は人にとって重要なのは見た目だと思いますか?」



「ははは、それはそうだろう。容姿がオーギュストやクリストフのような奴らだと側に居るのも不快じゃないか。あいつらは存在自体が不要な奴らなのさ、ハハッ」



 中心部に到着すると同時にセザールから手を離し、アレクシアは軽くセザールの背中を押すと膝裏に脛から足の甲を使って蹴りを入れた。

 不意を突かれて膝カックン状態でバランスを崩したところに背中から体当たりして倒すと、うつ伏せになったセザールに馬乗りになった。



「な……っ、一体何を……ッ!? グゥ……ッ」



 混乱するセザールの顎に組んだ手を引っ掛け上に反らす様に引き上げキャメルクラッチをキめると、セザールは苦痛でまともに声が出せなくなる。



「さっきからいったい何様なんですか? 自分の弟だけじゃ飽き足らず、人の兄まで貶めるなんて。しかもサロンに到着した時オーギュ兄様を無視なさいましたわね?」



 アレクシアの体重によるダメージはともかく、引き上げられる力はそんなに強くは無い。

 セザールは両腕が自由になっている事に気付き、咄嗟に両手を地面に突っ張ってダメージを和らげた。



「く……っ、こんな、事をして……どう……」「へえぇ? 誰かに話しますの? 妹と同い年の女の子に虐められたと? さぞかし噂になるでしょうねぇ?」



(チッ、電気アンマ【上向きに転がして開かせた足を両脇に挟んで固定し、連続で股間に蹴りを入れる技】ならあのクソ生意気な前世の弟ですら秒で従順にできたけど、流石に侯爵令嬢としてアウトやしなぁ。せめて手足が長かったらボウバックブリーカー【背中に当てた足を支点に顎と足を掴んで弓のように反らせる技】かけれたのに……!)



 前世で男兄弟に挟まれたアレクシアにとって、格闘技の技は小学生の頃に取っ組み合いの喧嘩で自然に覚えてしまった特技なのだ。

 ちなみにキャメルクラッチを掛けている時点で色々とアウトなのだが、アレクシアはセーフだと思っている。



 アレクシアに言われてセザールが黙り、そして耳元に口を寄せて追い討ちを掛ける。



「オーギュ兄様は今ではウィル兄様も認める程、勉強も剣術もグングンと力をつけているんですよ? セザール様はオーギュ兄様と同い年ですわよね? 来年学園に入った時に見た目しか価値の無い公爵令息、などと言われないと良いですわね? その時にオーギュ兄様に嫌がらせをしたら、嫉妬しているとしか思われなくてよ? うふふふ」



 顔を真っ赤にしながらハクハクと言葉を失っているセザールを見て、アレクシアは満足気にニンマリと笑っていたが、その時セザールはアレクシアの思惑とは違う意味で顔を赤くしていた。



 考えてみて欲しい、普段貴族令嬢と接触するのは沢山の人前で精々手だけというのに、今は年々美しく成長している美少女と2人きり、そして背中にはその美少女のぷりんとした柔らかなお尻が当たっているのだ。



 しかも授業に性教育が取り入れられ始めた11歳という、性に興味を持ち始めている年頃の男の子の耳元に吐息と、時々掠める唇の柔らかさを感じる度に未知の扉を開きそうになっていても不思議では無い。



 そしてドキドキと煩い心臓の音の向こうから聞こえた「見た目しか価値が無い」「嫉妬しているとしか思われない」という言葉には少なからず衝撃を受けた。



 事実、セザールは親には内緒で身分を振り翳して勉強から逃れようとする傾向があり、アレクシアもリリアンからその事を聞いていた。

 セザールは見目麗しい自分には周りも甘く人生は楽勝だとすら思っていたので、来年に迫った現実を突き付けられて2つの意味でドキドキが止まらない状態になっている。



「それが嫌なら人の容姿だけで態度を変えない事をお勧め致しますわ、今のセザール様の姿は誰が見てもみっともなくてよ? 誰かに見られてさげすまれてみますか? ……うふふ、冗談ですわ、ここでの事は私とセザール様2人だけの秘密に致しましょうね?」



「う……、わ、わかった……」



 返事を聞いてアレクシアはセザールを解放し、その背中から降りた。

 ぎこちない動きで立ち上がるセザールの服に付いた芝生をアレクシアの小さな手でパタパタと払ってあげると赤、い顔をしたまま固まってしまった。



「セザール様?」



(ヤバい、やり過ぎたんやろか……)



 セザールは先程のまるで年上の女性のように妖艶とすら思える雰囲気から、今の年相応で愛らしく心配そうに見上げる姿のギャップに完全な心を持って行かれた状態だった。

 そのせいでアレクシアが貴族令嬢としては有り得ないプロレスの技をかけたという衝撃の事実すら、印象が薄くなっている。



「な、何でもない。心配しなくてもここでの事は2人だけの秘密だ、いや、2人だけの……思い出……だな。これからはアレクシア嬢に失望されない男になってみせるから見ていてくれ」



「はい……?」



(なんか……、セザール様の思考回路が壊れたんちゃうかって言うくらい、あさっての方向へ着地しとると思うのは私だけなんやろか……)



 迷路から出て護衛達が待機している場所まで戻ると、パスカルと共に公爵家の護衛達も心配そうに待っていた。

 最初セザールの乱れた服装にギョッとしていたが、アレクシアがぶつかって転ばせてしまったと説明したらホッとしていた。



(えぇ~? 何で転ばしたったってゆーたのにホッとしとるん? それでええんか、パスカルと公爵家の護衛さんら……)



 護衛達は誰も口には出せなかったが、お年頃に片足を突っ込んだ横暴な公爵家令息と、まだ幼いとは言え誰もが認める美少女の組み合わせに何かあったらどうしようとハラハラしていたのだ。

 ある意味何かあったのだが、護衛達がそれを知る事は無かった。

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