第5話 違和感
午後になり、山へ入ったクリスは愕然とした。
草木がズタズタに切り付けられ、あちこちがメチャクチャになっていたからだ。
騎士が捜索のために茂みを探したにしては、
普段から山を歩いているクリスからすると、このように自然が荒らされている様は快いものではない。
貴族や騎士の事情は計り知れないものの、彼らには彼らの仕事があるしクリスにもクリスの事情がある。
不快感に一度蓋をして、クリスは荒れた山を進んでいった。
***
しばらく薬草を採っていると2人分の足音が聞こえてきた。
クリスは無意識に木の後ろに隠れる。
クリスが創造した通り、2人の騎士は剣を手当たり次第に振り回して周囲を探っていた。
騎士たちは何か話をしているようでクリスも聞き耳を立てる。
無論、騎士たちはクリスの存在に気づいておらず、そもそも人がこんな場所にいることさえ想像していなかった。
「村の人に本当のことを言わなくてよかったのかな?」
「そうは言っても隊長命令だし、言い分も一理あるだろう」
「でも、少女とはいえ殺人を犯した指名手配犯なんだぞ。村の人が襲われないとは言い切れないし、本当のことを伝えた方が……」
「2日前から山を捜索し始めていまだに山を降りて無いんだし、その心配はないってのが隊長の意向だ。ま、確かに多少強引な気もするがな」
「でもなぁ、わざわざ貴族のお嬢様なんて嘘をつく必要はやっぱり無い気がするぜ」
「村の人をあまり怖がらせたく無いという隊長の心遣いなんだろうよ。あんまり文句言ってないでさっさと見つけようぜ。もう何日も山歩きで正直しんどいわ」
「そうだな……」
クリスは騎士2人のやりとりを聞いて混乱していた。
(どういうことだ。貴族のお嬢様は実は殺人犯で、村のみんなを怖がらせないための嘘? つまり昨日僕が助けたあの子が殺人犯? もしそうだとしても、指名手配されてバレるのを恐れて村に降りようとしなかったということで辻褄は合うし、ボロボロなのも必死に騎士から逃げていたということで説明がつくか。僕の案内をアンダーソンさんが遠回しに断ったことも危険な捜索に巻き込まないためだったのか)
しかしクリスには本当にあの少女が人を殺したとは考えられなかった。
というよりは騎士の対応にどこか違和感を覚えた。
(万が一を考えて村にも数名騎士を配置するべきじゃないのか? 本当のことを話した上で騎士の警護をつける方が理にかなっている。そんな危険人物がいるなら山も封鎖するべきだ。僕が今自由に山に入れているこの状況は明らかにおかしい)
それに少女の姿を思い出し、やはり彼女が人を殺すような人間だとは思えなかった。
クリスは自分自身の手で少女を見つけ出し、真実を確かめることにした。
本当に少女が殺人犯だったらという可能性はもはやクリスの頭にはなかった。
それ以上に、この状況を生んだ騎士への不信感が大きかった。
騎士を避けるような最短ルートで山の奥へと進んでいく。
幸い、騎士が通った後は草木が荒れているため、避けることは容易だった。
問題は「少女がどこへ向かっているか」だった。
単純に逃げるだけであれば、村を迂回するように山を東へ進むことで国境を越えることができる。
そうなれば騎士の追ってくることはできない。
しかし昨日、少女は村から西の方角へ逃げていった。
もし山に残っているのであれば、逃亡とは別の目的があるのだろう。
広い山を
「みーっけ」
思案を続けていると突然背後から声をかけられ、クリスの心臓は跳ね上がった。
振り返るとそこにはエマがいた。
「な、なんでエマがここに?」
「薬草採取手伝おうと思って探してたんだけど、なんでこんな奥の方までいるのさ」
「実は昨日話した女の子を探そうと思って」
「あれは騎士様が探してくれるってことで解決したじゃん。なんでまた探そうとするのさ」
エマは不思議そうに尋ねる。
騎士に心底憧れているエマは捜索も騎士に任せておけば安心と信じて疑っていない。
そんなエマに盗み聞いた話を伝えるか迷ったが、伝えないことには開放してくれないと思い、クリスは事情を説明した。
「確かに、なんかおかしい気がする。まぁ僕からすれば騎士様には何か考えがあって、クリスの深読みしすぎって気もするけど」
「だよね。でも俺はやっぱり自分の目で真実か確かめたいんだ」
「うーん。いいよ、協力する」
想像以上にエマはすんなり納得してくれた。
「だってクリスのこと信頼してるからね。それに山に入るなって言われてない以上、僕らがどこで何しようが勝手じゃん。もし本当に殺人犯でそれを僕が捕まえたら騎士団入りのアピールになるかもしれないし」
クリスの驚きを察したのか、エマは不敵に笑みを浮かべながら続けた。
「それより、どうやって探すつもりなの?」
「じゃあ僕はこのまま山頂に向かって進むよ。エマは身を隠せそうな洞穴とかを探してくれないか。そういうの探すの得意だろ?」
「任せろ!」
「見つけるか、下山始めなきゃいけない頃合いになったら秘密基地集合で。あと、応急セット渡しとくよ。その子の怪我、かなり酷かったから気休めだけど会えたら手当してあげたいし」
リュックに入れていた応急セットを半分、エマに渡した。
「了解!」
エマは敬礼のポーズを取り、じゃあまた後でね、と言いながら足早に木々の中へ消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます