第19話 真相

 幸い九十九の怪我は大した事はなく、その後二人は病院を出て末課に行った。そこにいたのは、課長の岩城、如月、結城、鈴森の四人だけだった。皆沈痛な面持ちで椅子に座っている。


「なあ、一体何があったんだ?」

「それをこれから説明する。席についてくれ」


 小鳥遊に促されて九十九は如月の隣に座った。

 小鳥遊は皆の前に立ち話し始める。


「昨夜、末課のほぼ全員が謎の敵の襲撃にあった。岩城課長は逆に撃退したが、その他は重症を負って現在病院に入院している」

「一応、皆命に別状はないよ。ただ、少なくとも現場復帰まで一ヶ月はかかるね」

「んな馬鹿な! 末課のスケジュールはトップシークレットのはずだ。タイミングよく全員襲撃なんてありえるはずがねえ!」


 九十九の言う通り、末課の課員のスケジュールは絶対に外部に漏らしてはならないものだ。末期の一振りを持つ者にとって一番恐ろしいのは奇襲。いかに末期の一振りが強くても、扱うのは生身の人間だ。極論、そこはただの人間と言ってもいい。


 その時、おずおずと如月が手を上げた。


「申し訳ありません。それは私の失態です。私は不知火に仕事を手伝ってもらっていました。その中には結城チームを除く課員のスケジュール管理も含まれています」

「ちょっと待て。不知火が裏切ったってのか?! そんな事……」


 否定しようとして九十九の言葉が止まる。昨日のあの時、毒島の隣りには不知火がいた。それが指し示すものは……。


「昨日、いつの間にか不知火が私の自宅から姿を消してしまいました。代わりに、この手紙が置いてあったのです」


 そう言って如月は白い封筒を取り出した。


「読んでくれ」


 小鳥遊に促されて、如月は封筒から手紙を取り出すと、ゆっくりと読み始めた。


「この手紙が読まれている頃、私はもうそこにはいないでしょう。私はずっと、皆さんの事を騙していました。事の発端は私が最初に誘拐された時でした。その時に初めて翠月に取り憑かれたのです。その時にいたのが毒島と呼ばれる男でした。私は末課に取り入るためもう一度誘拐され、その結果末課に入る事になったのです」

「待て。……って事は一回目の誘拐が本命で、二回目がフェイクって事だったのか!?」

「そうなります。あの時から私達は敵の手の上だったんです」

「全く用意周到な事だ。完全にしてやられたな」


 岩城が顎を撫でながら苦々しく言葉をつく。


 その時、九十九はようやく初めて不知火に会った時の違和感の正体に気づいた。あの時、不知火はあまりに事件に対して落ち着きすぎていて達観しているとさえ思えた。しかしそうではなかったのだ。もう最初から筋書きは決まっていた。だから不知火はあんなに冷静で、人生の選択を迫られた時も迷いなく末課に入る事を選べたのだ。きっと本心では必死だったに違いない。本当は得体が知れないのではなかった。不知火は、ただの女子高生だったのだ。


「続きを読みます……。私の学校が襲撃された時、襲撃犯に私はこう言われました。『次はもっと大事なものを失うぞ』と。私は怖くなりました。私は一番大事にしているものを人質に脅されていました。絶対に奪われたくはない。だから私は如月先輩の優しさにつけこんで末課の情報を抜き出し、毒島に渡したのです。その結果、きっと取り返しのつかない事が起きるのでしょう。でも私はもう選べなかった。事が起こった後、私は襲撃犯のグループと行動を共にするはずです。私の脳内チップのGPSを辿れば襲撃犯達の場所が分かります。最後に二つお願いを聞いてください。一つは脳内チップで私の脳を焼いてください。それが私にできる唯一の贖罪です。そして二つ目はかつて私が過ごしていた場所、みんなのいえの人達を守ってください。あの人達だけはどうしても守りたいんです。お願いできる立場ではない事は十分分かっています。でもどうか私の命と引換えにお願いします。最後に末課の皆さんへ。本当にごめんなさい。私は地獄に落ちて罪を償ってきます……これで、以上です」


 手紙を読み終わり、如月は息を吐いた。


「バカ野郎が……!」


 九十九は歯ぎしりして机を叩いた。やるせない思いが全身をめぐり、自分の不甲斐なさに腹が立った。何も気づいてやれなかった。あんなにずっと傍にいたはずなのに。


「後輩ちゃん……殺したりしないですよね?」


 心配そうに質問する鈴森の頭を、岩城の大きな手が鷲掴みにした。


「大丈夫だ。やってしまった事はいかんが、不知火は立派な被害者だ。第一、今不知火を殺してしまってどうこうなる問題でもあるまい。そうでしょう、小鳥遊部長?」

「ええ。私達は不知火を全力で保護します。これは末課の総意です」

「よかった~……」


 途端にへにゃっと鈴森の顔が崩れた。

 一瞬場が和みかけるが、すぐに小鳥遊が引き締める。


「話を元に戻そう。現在の状況だが、はっきり言って最悪だ。一つは末課が壊滅的である状況である事、二つが他部署に応援を頼める状況ではない事、三つ目に敵の勢力がどの程度であるか予想がつかない事だ。一つ一つ確認していこう。まずは末課の現在の状況について。戦える者は岩城、鈴森、そして一応結城先生の三人だけだ」

「え? 九十九先輩は?」


 鈴森の当然の問に、九十九はむき出しの悪食を出して答える。


「俺は悪食に見限られた。もうこいつを使う事はできない」

「そんな! たった三人でどうしろっていうんですか!?」

「部長、他県の末課から応援を頼む事はできないんですか?」


 如月の問いに小鳥遊は首を振った。


「駄目だ。こっちの情報がどれだけ漏れているか分からない以上、外の戦力を動かす事はできない。もしそれが狙いだった場合、薄くなったところを突かれてさらに事態が悪化する可能性もある」

「追加戦力はこれ以上望めんという事だ。さっきも言った通り、他の部署に応援も頼めんしな」


 末期の一振りによる犯罪は末課が対応するという大前提がある。共同歩調を取る事はあるが、それは末課が末期の一振り保持者を無力化してから。敵の全容が分からない以上、応援を頼むのは難しいだろう。


「そして何より問題なのが、この件を世間に公表されたら終わるという事だ。末課がテロリスト集団に屈したと公になれば、世論は一気に末課及び末期の一振り保持者への弾圧が高まるのは間違いない。気になるのは、なぜ末課をここまで叩き潰したのにそれを公表しないのかだが……」

「そいつは何となく分かるぜ。毒島の目的はきっと俺だ。俺を完膚なきまでに叩き折るためにあえて伏せてるんだと思う。あいつは……そういう奴だ」


 九十九の知る毒島はとにかく九十九を目の敵にしていた。あの時現れた時もまだ足りないと言っていた。きっと、末課を完全に叩き潰したところで公表するために、あえて表に出さないでいるのだろう。その傲慢さに今は助けられている訳だが……。


「毒島か。本来はまだ刑務所にいるはずだが、そこは一旦置いておこう。私が調べておく。しかし、毒島が末期の一振りを持っているとは……」

「ああ、それなんだがもう一つヤバい事がある。あいつが持っているのはおそらく……神器だ」

「神器だと! 馬鹿な! ありえない!」


 岩城が取り乱して机を叩く。それは無理からぬ事だった。

 末期の一振りは各国で差はあるが基本的に格差が存在する。日本では規格外の妖刀から始まり、なまくら、業物、大業物、国宝、そして神器だ。一般的に知られているのは国宝まで。神器はその存在さえ表には公表されず、一部の関係者のみに知られている。

 しかし、神器は全て厳重に管理されているのだ。それが一介のテロリストが持っているはずがない。


「確か……なのか?」

「ああ。奴は正謳も短謳もなしにただ武器を振るうだけで凄まじい力を見せた。あれは神器でないと説明がつかない」

「……まいったね。神器相手となるといよいよこちらの戦力が足りない。普通なら一個師団は必要な状況だ」


 結城の言う通り、神器は規格外の力を持つ。秘密裏に結ばれた条約によりそれらが戦争などで使われる事はないが、本物だとすれば本来は戦いの切り札とさえなりうるものだ。それを毒島がなぜか持っている。それだけで皆に与える絶望感は凄まじいものだった。


「……だが、我々に退路はない。神器相手とはいえやるしかないだろう。皆、死地に送り出す事になるがやってもらえるか?」

「仕方ないですなあ。だが、やるしかないでしょう」

「僕だって後輩ちゃんを助けたいです! やってやります!」

「足手まといかもしれんが俺も行く。何かできることがあるかもしれん」

「私も行きます。戦う事はできませんが、不知火を説得できるかもしれません」

「ふむ、それなんだが私は別の所に行かせてもらうよ」


 皆の気持ちが一致団結する中、結城が提案する。鈴森は慌てて結城に問いただした。


「先生、行くってどこに……!?」

「さっき、不知火君の手紙にあっただろう。守りたい人達がいると。おそらく、そこが不知火君を説得できるかどうかの生命線だ。私はそこを守りに行かせてもらう」

「じゃ、じゃあ私も……!」

「美麗愛。君には君のやるべき事がある。ついてきてはいけないよ」

「嫌です! 私は先生をお守りするためにここにいるんです! 絶対に一緒に……


 そこまで言って、鈴森の言葉が止まる。結城が鈴森の頬を打ったのだ。と言っても、モフモフの結城の手では音は鳴らず、全く痛そうではなかった。しかしその瞬間、鈴森の両目から涙がこぼれ落ちた。


「いい加減にしなさい」

「先生……私は、先生にとっていらない子ですか?」

「違うんだ。美麗愛、そろそろ私から巣立ちなさい。不知火君を助けるには美麗愛、君が必要なんだ。分かってくれるね? 大切な後輩なんだろう?」


 鈴森はしばらく黙っていたが、やがて決心したように俯いて小さく頷いた。それを見て、結城は鈴森の頭を撫でる。


「そうだ、それでいい。よく我慢したね」

「……うわああああぁぁぁぁぁん!!!」


 鈴森は堰を切ったように結城にしがみついて泣き出した。

 鈴森の中ではかなりの葛藤があっただろう。しかし、異常とも言える結城への執着から鈴森は一歩踏み出した。その覚悟を、九十九は感じていた。


「結城、お前やれるのか?」

「正直、君達と違って戦闘経験はない。しかしやらなくてはならないだろう? 何とかやってみせるさ」

「……分かった。気をつけろよ」


 用心深い毒島の事だ。きっとそちらにも何らかの手を打っているはずだ。戦闘が起こった場合、こちらと比べても同じぐらい過酷になるだろう。しかし、今は結城を信じるしかない。


「話はまとまったな。毒島側は岩城、鈴森、九十九、如月。みんなのいえは結城に担当してもらう。私はこの事が外に漏れないよう徹底して情報封鎖を行う。決行は本日二二〇〇。夜襲を行う。なお、不知火の居場所は現在末課の訓練場を指している。そこを根城に毒島達はいるだろう。各自、それまでの間は自由行動とし準備を進める事。以上、解散!」


 小鳥遊の号令を皮切りに皆が部屋を出ていく。決戦に備えるために。

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