23 ▽新領主▽




館の玄関ホールで、ニキータと館長が言い争っている。ここのところこういうことが多い。王国軍の管轄になってから、僕らレンブルフォート人への差別がとにかくひどい。まともな人間扱いされていない。


「…嫌だったら無理な接客はしなくてもいいってことだったじゃないか! 大部屋であの男ども相手に一週間だと? 体もつわけないだろ!」


「ニキータ、お前は慣れてるじゃないか。お前は人気なんだからありがたく思って言われた通り働け」


「ふざけんな! とんでもなく給料減らしやがって! あのフランタル人どもの20分の1だあ!? あいつら何も働いてないだろ! どうなってんだよ!」


「…なあにあんたあ~わたしらの言うことがきけないってのお~?」


例のフランタル人マッチョが横から割り込む。


「お前らの仕業だな! 分かってんだぞ! どこまで汚ねえんだよ! オレらが泣きながら稼いだ分、全部お前らが持っていっちまってるだろ!」


「あらやだあ~人聞き悪いわねえ~レンボロちゃんのくせにいっちょまえに口答えかあしらあ~? あんたらに拒否する権利なんて無あいのよお~?」


「あの…少しだけでいいんで、僕たちの話も聞いてもらえないでしょうか?」


僕はおそるおそる話しかける。


「…そうそう、アナスタシア、今日はお前にも3人個室で相手してもらうからね」


!!


館長が淡々と指示する。


僕に?


僕に体を売れと?


僕は今、ピンチだ。


強烈に。


「…す、すみません、僕それだけはとても…」


「拒否はできないよ。お前もレンブルフォート人の奴隷だからね」


「…おいおい! てめえらいいかげんにしろ!」


ニキータが一際語気を荒げる。


「初めてでいきなり3人だあ!? オレでも吐いちまうぜ!」


「だからあ~言ってるじゃないのお~わたしらの言う通りこの子にもやらせなさいよお~」


「…む、無理です!」


「じゃ、ちょっと慣れさせるために裏に連れて行きな」


館長がスタッフに指示する。スタッフが僕の腕を掴む。


や、やめろ…!


…あきらめようか…?


…い、嫌だ…!


絶対に!!



…ん? 外が騒々しい。


「…館長!」


外から館のスタッフが走りこんで来る。


「何だい? こっちは取り込み中だ、後にしな」


「それが…」


スタッフが館長に何やら耳打ちする。


「…何!?」


館長が驚いたような声を上げる。続いて、数人の人物が館に入ってくる。王国の正規軍の服装。階級のそれなりに高い将校たちのようだ。


「ちょっとお邪魔するよ」


その中の、背の高い、武装した女の軍人が話す。全身のあちらこちらに勇ましいタトゥー。腰に下げたサーベルと、豪華な装飾のある服装は見るからに海賊のキャプテンだ。手には大きな四角いケースを持っている。だいぶ重そう。


「…海賊が何の用だい」


「ちょっとここの奴隷さんに用があってね」


「言っとくが、奴隷は高いよ。その辺の海賊風情に手の出るもんじゃないよ」


慌てた王国軍の館の責任者が、館長に耳打ちする。館長が少し驚いて、女海賊の方を向き直る。


「…そ、そうかい。何でも見ていっておくれ」


明らかに態度が変わる。いったい何だ?


遅れて、全身ローブに身を包んだ人物が、館の中に入って来る。他の将校たちと比べると明らかに小柄だ。軍人ではない。全身をすっぽり厚手のローブに身を包んで、顔も何もかも全く見えない。ちょっと不気味だ。周りの将校たちの様子を見るに、彼らはこの人物の護衛だろう。


「…いるかい?」


女海賊が全身ローブの人物に話しかける。全身ローブの人物はゆっくり辺りを見回す。さっきから一言も喋らない。何者だ?


全身ローブの人物が僕と顔を見合わせる。僕は相手の顔は全く見えないけども。


全身ロープの人物がおもむろに手を動かし、無言で僕を指差す。ローブから白く細い手がのぞく。華奢で綺麗な指。


まさか。


「…ぼうや、あいつかい?」


全身ローブの人物が、ゆっくり、深く、頷く。


そうだ。間違いない。


「よし。おい、館長、あいつを買っていく」


「おいおい。あんなのにするのかい? もっといいのがいるよ! ちょっと待ってな! 今、極上のを用意するから!」


「いらない。あいつだ」


女海賊が持っていた大きな四角いケースを館長の目の前に置く。


「代金だ」


女海賊がケースの蓋を開ける。中に札束がぎっしり詰まっている。


!!


「…おおお…!!」


その場にいた全員が目を見開いて驚く。


「…おいおい、そいつはそんな値段じゃないよ!」


館長の声が裏返っている。めずらしい。


「払うって言ってんだろ。全部持ってけ」


王国軍の館の責任者が、館長にひそひそ話す。


「…余分な分は…」


「…ああ…」


2人で何かこそこそ話した後、館長は女海賊に向き直る。


「…では、お代は確かに頂きますよ」


館長が一旦玄関受付から退出し、館長室から僕の首輪の鍵を持って戻って来る。館長はそれを女海賊に差し出す。


「では、これを」


女海賊は受け取らず、全身ローブの人物の方を向く。全身ローブの人物が館長のもとに歩み寄り、鍵を受け取る。




▽  ▽  ▽




僕は女海賊に連れられて外に出る。さらに複数の軍人が外で待っている。護衛のための、数台の軍用の馬車と、あと見たことのない王国製の装甲車が止まっている。中央に、主役のひときわ豪華な馬車が止まっている。国の君主でもなければ乗りまわせないような質だ。かなり目立っていて、周りには野次馬がすでに集まっている。まあ滅多に見ることはないから、無理もない。


「…じゃ、アタシはあっちに乗るから、あんたらはこれに乗りな」


僕は女海賊に指示されて、全身ローブの人物と一緒に、2人で中央の君主の馬車に乗り込む。


やっと2人になれたね。


全身ローブの人物が鍵を持って僕の首元に手を伸ばし、首輪の鍵穴に鍵を差し込み、回す。


カシャン。


僕の首輪が外れる。


「えへへ…まあまあ気に入ってたんだよ」


「…探したぞ。まさかこんなところで遊んでいたとはな」


全身ローブの人物がようやく口を開く。


「…久しぶりだな。まず礼を言っておきたい。あの時は助けてくれてありがとう。おかげで生き延びることができた」


一度しか聞いていないが、しかし確実に聞き覚えのある声。


「…お前は、俺たちはもう一度必ず会うって言ってたな。お前が遅いから、こっちから迎えに来たぞ」


ローブの人物は、頭部のフードをすばやく脱ぐ。美しい顔があらわになる。


また会えて嬉しいよ。


「フランタル王国レンブルフォート領主ルシーダだ」



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