16 ▽舞踏広間。完璧▽




遅いな、イスカール。


地下でも分かる。宮廷が騒々しい。王国軍に攻め込まれている。宮廷で決戦なんて、なんて往生際が悪いんだ。ジラードの性格からして負けを認めたくないのかもしれない。国を滅ぼすのに、十分無能な皇帝だ。早く降伏すればよいものを。それとももう降伏したのに攻め込まれているのだろうか。王国ならありうる。いずれにせよ、両者が戦争すれば、こうなる。


僕は牢の扉を掴んで、少し揺らしてみる。当然びくともしない。参ったな…早く出ないと、下手したら王国兵に殺されるかも。


んー…


どうしようもない。僕は扉から離れて、壁の方を向いて横になる。



うとうと…





▽  ▽  ▽




「…おい、あんた!」


声がして、振り返る。牢の扉の向こうに男が1人立っている。いつの間にいたんだろう? 全く気がつかなかった。男だが中性的な雰囲気だ。


「大丈夫か、捕まってんのか?」


褐色の肌に、切れ長の目。肩まで伸びた長い髪。美形だ。


「ああ…あなたは?」


「助けてやるよ。牢屋の中の女は助けないと落ち着かない性分でね」


男は持っていた鍵の束から1つを選んで扉の鍵に差し込み、回す。


カシャン!


簡単に鍵が外れる。


「さ、出な」


男が扉を開けてどうぞといったそぶりをする。僕は言われるがまま外に出る。


「君、鍵を持ってるの?」


「まあな」


褐色肌の男は鍵をまとめている輪を指先でくるくる回す。鍵束がジャラジャラと音を立てる。


「そいつも外してやるよ。ちょっと待ってな」


男はまた鍵束から1つずつ選んで、僕の手枷と足枷の鍵も外してくれる。あっという間だ。


「帝国兵じゃないね…なんで鍵を持ってるの?」


「こんなの朝飯前さ。そういう家業なんでね」


ああ…なるほど。盗賊の類か。服装も身軽な軽装で、言われてみれば確かにそんな感じだ。ただちょっと宝飾品が多い…派手好きなのかな。


「こんなチャンス滅多にないからな。宮廷のお宝を頂いていくのさ」


彼らのような人間からすれば、この機会はそういうことになるわけか。たくましいな。経済の市場原理が作用している。


「…なんで僕を助けてくれるの?」


「言ったろ。いい女はほっとけない」


さっきから女だと間違われている。いつものことだし、訂正するのも面倒なんだけど…


「あんた、罪人って感じじゃないな、すごく優しい感じだし…なんでこんな所で捕まってんだ?」


「それは…」


「あ、いや、すまない、言いたくなければいいんだ。あんた名前は?」


「アナスタシア」


「わお、王女様みたいな名前だな! 助けて正解だった、ぜひよろしく頼むぜ!」


見た目といい、なんかチャラい人だな…やっぱり後で細かく訂正しよう。


「オレはニキータ。さ、逃げようぜ!」


僕はニキータと一緒に地下から出る階段を走って上る。んー…なんか計画と違うことになってきた…




▽  ▽  ▽




僕とニキータは、兵士たちに見つからないように宮廷内を進む。


「…まずいな」


ニキータは物陰から隠れて様子をうかがう。戦いに巻き込まれないようにしなくては。


「…こっちだ」


僕らはしばらく廊下を走って、宮廷の舞踏広間に出る。壁には大小さまざまな絵画が掛けられ、柱には細かな金銀の装飾が施された燭台がある。天井からは煌びやかなシャンデリアが吊り下げられている。床一面には緋色の絨毯。


僕は立ち止まる。僕はもともと体力があまり無い上に、さっきまでずっと牢に閉じ込められていたから、少し走っただけで息があがる。


「…大丈夫か?」


「…ごめん」


ニキータは走るのが速い。先に行きすぎないように、時々僕にあわせて足をゆるめてくれる。でもこれだと効率が悪い。下手したら捕まるかも。


「…やっぱり、僕がいると君の足手まといだよ。先に逃げて」


「バカ言うな、こんなお宝置いて逃げられるかよ」


お宝扱いされてありがたいんだかなんだか…


「おい、待て!」


!!


大きな声がして、振り返る。青白色の重装アーマー。数人のフランタル王国の兵士たちだ。


「ヤバッ…!」


ニキータがしまったというような声を出す。僕らはあっという間に取り囲まれる。


「こりゃまずいな」


これはまずい。君の言う通り。


「ごめん。僕のせいだ」


「大丈夫だ」


「貴様ら何者だ? 宮廷の人間か?…その感じは、盗みに入ったねずみだな」


「ご名答」


ニキータは腰に下げていたナイフに触れる。


「待って、無理だよ!」


「勝たなくていいんだ。逃げられればいい」


「逃がすわけにはいかない。そういう命令なのでな」


兵士が剣をかざす。


「ここで死んでもらおう」


ドスッ!


!?


話していた兵士とは別の兵士が突然その場で倒れる。


「…何だ!?」


他の兵士が驚いてそちらを向く。と、武器をかかげる余裕もなく、彼も瞬く間にその場で倒されてしまう。


「…な、何者だ!」


イスカールが僕の方に歩み寄る。


「殿下、ご無事で」


「ちょっと遅いよ」


「これを」


イスカールが小さな紙の包みを手渡す。広げると、中に数本のコルフィナの葉巻と、預けておいた僕の愛用のライター。


「…気が利くね」


しばらく吸えていなかった。これ以上なくありがたい。コルフィナの葉巻を一本手に取り、口に咥える。


「…ええい、まとめて殺せ!」


王国兵たちが襲いかかる。


ライターを着火して、葉巻に火をつける。


王国兵が剣を振り下ろす。王国兵の装備の剣は幅広で重い。イスカールは剣で受け止める。甲高い金属音が舞踏広間に響く。その音が完全に鳴り終わらないうちに、イスカールが相手の懐に入り、鎧の間から剣を刺す。


「ううっ…!」


王国兵が倒れる。イスカールの流儀で、殺しはしないようだ。


煙を深く吸い、ゆっくりと吐く。


計画通り。


「…おのれっ!」


別の王国兵がニキータに襲いかかる。ニキータはその場で身構える。王国兵が剣を薙ぎ払おうとしたその時、イスカールの剣筋が閃き、王国兵の手から剣が離れ中に舞い上がる。シャンデリアの光で剣がキラキラと輝く。相変わらず速い。とんでもなく速い。


やはり。計画通り。


煙を吐きながら、倒れていく王国兵たちを眺める。久しぶりのコルフィナの味を堪能する。


最後の王国兵が僕目がけて剣を構え突撃する。僕は動く必要は無い。僕の鼻先で、剣の切っ先がぴたりと静止する。


一瞬、時間が止まる。


煙を吐く。コルフィナの快楽作用でうっとりする。


イスカールが剣を抜く。最後の王国兵がゆっくり僕の足元に倒れる。


これで全員。


やはり。僕の計画は問題なかったようだ。


倒された王国兵たちを眺める。青白色の鎧がシャンデリアの光に照らされ、緋色の絨毯の上で煌めく。


計画通り。


完璧。



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