10 ▼同棲は突然に▼




「ルシーダ!」


憲兵舎の一室で待機していると、エリオットが駆け込んで来た。


「レンブルフォート人が保護されたって聞いて、特徴聞いて絶対ルシーダだと思って、慌てて来たの」


エリオットが心配そうに尋ねる。憲兵とは聞いていたが、制服姿を見たのは初めてだ。っていうか憲兵っていうのは本当だったのか。今さらだけど。


「家で襲われて、誘拐されたって聞いたんだけど。大丈夫?」


「ああ。どうってことないよ」


いろいろあったが…エリオットにはちょっと言えない…恥ずかしいわ…


「この国はもう帝国と戦争を始めたから、レンブルフォート人のあなたは敵国の国民になっちゃうんだね。このままだと危ないな…」


「まあ、もとの家には当面戻れないな」


エリオットはちょっと考え込んでから、俺を見る。


「…わたしの家に来ない?」


「え?」


「もう少し落ち着くまで、わたしと一緒に住めば安全でしょ?」


エリオットの話が真っ当すぎて断る言い訳が全く思いつかない。まあ確かに、それはそうなんだが!


「いや…それは困る!」


「都合つかない? 仕事とか?」


「そういうんでもないんだけど…」


「…ね、ちょっと気になってたんだけど、ルシーダって何の仕事してるの?」


憲兵に職業を聞かれている。バリッバリの無職なんだけど、何て答えよう?…無職はこういう時困るんだよな…で、でも俺のせいじゃないぞ! エレノアも何か用意しておいてくれてもよかったのに…


憲兵には気をつけな?


エレノアの言葉が思い浮かぶ。


そもそも憲兵に質問されている時点でアウト。我ながら俺ってマヌケだ。


「いやその…必要なときに依頼があったりして…なんというか、単発バイト?的な…」


ごまかしたが苦しい。単発バイトって何だよこっちが聞きたいわ。でもまんざら間違いでもない。


「…」


エリオットが怪しむようにじっと俺の目を見ている。そういえば俺、オフィーリアには嘘つけなかったっけ。


「…それで、あんなにお金持ってるの?」


嘘がバレバレである。客観的に見て今の俺めっちゃ怪しいな。憲兵相手に俺の下手な言い訳は無謀すぎたか…


「…い、いやでも、そのうち忙しくなるらしいんだ!」


これは本当だ!


「そのうち?」


「戦争が終わる頃くらいに!」


本当だ!


「…うーん、まあいいけど」


本当のことは通じる。通じたことにしておく。


「それは、わたしと一緒に住むと都合悪いの?」


「うーん…まあ…」


「どうして?」


「いやだから…その…」




▼  ▼  ▼




「憲兵に捕まった!?」


海軍本部でいきさつを報告する。当然だがエレノアが声を荒げる。


「…一緒に住むことになった。すまん」


エレノアがやれやれといったように頭をかかえる。


「…あきれた。あれほど憲兵には気をつけろって言っておいたのに。マヌケだねえ」


しかたないだろ。あんたが護衛さぼったのもあるぞ!…と言い返したいが恐くて無理。もちろん俺の油断も原因なのはあるし。


「まあともかく、さっさと話をつけるしかないね」


「話?」


「計画に支障のない範囲で憲兵連中と連絡を取って、ぼうやをこっちに取り戻すのさ。これからはしばらく王国軍にいてもらうよ」



「…エレノア」


「なんだ?」


「…その、今のまま、その憲兵の家にいたらだめか?」


「何言ってんだよ。無理に決まってんだろ」


「わがままなのは分かってる。そこをなんとかできないか。頼む」


何で俺はこんなこと頼んでいるんだろう。エレノアは困ったといった様子で考え込む。


「…まったく、ぼうやには苦労させられるね」




▼  ▼  ▼




「…さ、ここね!」


俺はエリオットの家に案内される。集合住宅の一室だ。概観はなかなかいい感じに清潔。


「どうぞ!」


エリオットが玄関のドアを開ける。


「お邪魔します…」


部屋の中に通される。中もいい感じに清潔…


清潔…


「…あ、散らかってるから、躓いて転ばないように気をつけてね!」


脱ぎ捨てた服。鞄。化粧品。何かの書類。数冊の本。動物のぬいぐるみ。空の酒の瓶。雑多な物が部屋のあちこちに散らばっている。こう言っちゃなんだが色気ゼロ。嘘だろ…


「…酒好きなんだな…」


「わたし酔っ払っちゃうと理性無くなっちゃうんだよねーこの間みたいに。記憶無いんだけど、なんかすぐお金使っちゃうみたいで、気がついたら財布の中が空なのね、いやー参ったなーアハハ」


エリオットの笑顔が明るい。悪い人ではないんだよな…




▼  ▼  ▼




「…いやだからー! わたしは何度も言ったのー! なのにアイツったらさー」


エリオットが酔って愚痴っている。同居初日の夜。無駄にドキドキした俺がアホだった。あの初恋のような気持ちを返してくれ。


「ルシーダもそう思わない?」


「思う思う」


「でしょー? だいたいなんでわたしが痴漢なんか捕まえなきゃいけないわけ!? アイツはアイツで上官のことばっか気にしてさーそう思うでしょ?」


「思う思う」


「…あ、無くなっちゃった。ねえルシーダ、新しいの持ってきて」


「もうやめとけ」


「なんで? まだ飲めるー」


「明日も仕事だろ」


「ぜーんぜんっ平気!」


「頭痛くて起きられないぞ」


「毎日こんくらい飲んでるもん」


「いや嘘でしょ」


酒強!


エリオットが急にふらついて俺に寄りかかる。


わわわ。


近い。


「…ねえルシーダ、しばらく一緒にいられるね」


「え?…あ、ああ…」


ん~わざとか~!? 


「…ルシーダってさ、結婚したいの?」


「なんだ急に…まあ機会があれば…」


たぶん無いけどな…トホホ…


「待っててもだめだよ? 好きな人がいたら自分からアタック! しなきゃ。好きな人いるの?」


「いない」


「即答か…ちょっと考えてもよくない?」


「なんでだよ。いないんだから」


「いないなら作ればいいじゃん! 好きな人」


いや俺そんな恋愛に焦ってないんだけど…


「大事な人、案外近くにいるかもよ?」


「そうかな」


「そうだよ」



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