8 ▼フランタル王国軍部省にて▼




「やあ、王都に少しは慣れたかい?」


家の外で待っていると、例の赤い派手な車で、エレノアが迎えに来る。今日はエレノアから呼び出されている。なんでもちょっと大きな用事があるとか。


「まあな、元気してるよ」


「今日は仕事だ。お偉いさんがお呼びだよ。うちの軍部大臣に会ってもらう」


「大臣に?」


「あんたに直々に話しておかなきゃいけないんで、連れて来いってさ」


軍部大臣…俺に直接会って何を話す気なんだ? きっとスキンヘッドのむっさいオッサンなんだろうな…なんか萎える。まあ行くけど。こういうの久々だからちょっと緊張するな。


「そうか…今、女物の服しか持ってないんだ。何かぱりっとしたやつ、貸してくれないか?」


久しぶりにかっこよくきめられるぜ! ぱりっとな! 落ちかけた気分がちょっと上がる。


「そのままでいいよ」


一旦上がった気分が再びへなへなと墜落する。短い離陸だった。


「…いやいや、向こうは俺のこと皇子って分かってるだろ! こんな格好で会いに行ったら恥じゃないか!」


「なんの違和感もないよ。ごちゃごちゃ言ってないではやく乗りな」


「ハイ…」




▼  ▼  ▼




エレノアの車で移動して、俺たちは王国軍部省まで到着する。なんか見るからに威圧感ある建物だ。ここがエレノアのボスがいるところか…


建物の中に入り、待っていた職員に大臣室まで案内される。通路ですれ違うのは、軍人と事務の役人が半々くらい。みんななんかちょっとしたことでは話しかけにくい雰囲気の連中だ。この建物の中、機密ばっかりなんだろうな。


大臣室の前まで来る。


「ルシーダ殿下、ご到着です」


大臣室の中に通される。エレノアは入り口の近くで敬礼する。部屋の奥、正面の中央の椅子に男が一人座っている。細身で、ピシッと固めた金髪。髪と同じ色の口髭がダンディー。なんか思ってたんと違うな。


立ち上がる。


でか! こんな身長の高い人間を見たのは初めてだ。


「ようこそ。貴殿に会えて、光栄ですよ」


低く、よく響く声。


「レンブルフォート帝国第二皇子、ルシーダ・フォル・アイリス・レンブルフォートだ」


大臣は俺の近くまで歩み寄り、握手の手を差し出す。俺は応えて握手する。手もでかい。このジェントルな物腰は軍人じゃないな。王国の軍部のトップは文民か。貴族かもしれないな。俺のカン。だとしても俺は皇族だし、一応格下だからそんな怯むことないよな。なめられないようがんばろう。


「どうぞ」


大臣は俺に座るよう促す。大臣席の正面の、ソファ型の大きな椅子だ。エレノアは後ろで立ったまま。


「…任務ご苦労、大尉。男爵殿はいかがされておられるかな?」


「相変わらずです。この間も若い女に言い寄ったとかで…」


「はは。お元気でなにより」


エレノアはその場で敬礼したまま返答する。男爵って貴族と知り合いなのかな?


俺は促されるまま一人だだっ広い椅子に座る。正面に大臣。ダンディー。


お、落ち着かん…


「…今日は、こんな格好で。いやその、誤解しないでほしい、正体を隠すためにしかたなく」


俺は大臣は微笑する。


「お似合いですよ」


嫌味か。


大臣はすぐさま真顔に戻って、話を続ける。なんだか機械的な表情の動き方するな、この人。


「…我々は明日、レンブルフォート帝国に宣戦布告いたします」


「明日?」


…そうか。一瞬驚いたが、いつ起こってもおかしくはなかったことだ。落ち着こう。


「貴殿には我々に協力してもらいたい」


「…まあ、俺に選択肢は無いけどな」


「その通り」


大臣は眉ひとつ動かさず続ける。


「我々が目指すのは、我々の完全な勝利です」


「あんたらが本気だせばうちの国なんて簡単に滅ぼせるだろ。子供が虫でも踏み潰すみたいにさ」


まんざらでもない例えだ。事実だ。


「私の言う完全な勝利とは、ただ相手を力で打ち負かすことだけではありません。戦争の前、戦争中、戦争の後、全てを考慮して、我々が最大の利益を得ること。これが勝利の定義です。我々の繁栄に繋がらなければ、戦闘には勝っても、勝ったことにはなりません。戦う意味もありません。そのために貴殿にも我々の計画に従っていただかなければならない」


ビジネスのために戦争するとでもいうのか?


「そのために沢山の人間が死ぬことになるぞ」


大臣は少し間をおいた後、表情を動かさずに話を続ける。冷静だ。


「破壊することは簡単です。再生と創造が難しい。たとえいかなる英知を持つ賢者であったとしても。正しいやり方をを間違えると大変な損失が生じるのです。貴殿には我々が主導してレンブルフォートの地に建設する新領地の領主になってもらいたい。それがレンブルフォートの人民を治める最も効率的な方法です」


レンブルフォートは植民地になるのか…!



…ってことは俺は目の前のこの人よりもうんと格下に成り下がるワケね…



…け、敬語で話しておいた方がよかったかな…


「…戦争はすぐ終わるでしょう。では直々にお願いしましたよ。新領地の建設の際はまた忙しくなるので、その時はよろしくお願いしますね」


紳士面しやがって…結局自分んとこの利益が全てってわけか。しかし今はどうすることもできない。この巨人に従うしかない。


俺は自分の左肩に手をそえる。ここには、羽が折れて空から落下する鳥がいる。レンブルフォート正教の最大の罪人の証、大罪の印。みんな、俺のことを受け入れてくれるだろうか。




▼  ▼  ▼




開戦してから数日。王都の様子がいつもと違う。


国が戦争状態に入ったからな。以前のような活気溢れる陽気な様子は潜まり、どこか物々しい雰囲気だ。


俺はいつものように外出し雑用を済ませ、帰宅の歩をはやめる。


家について、少し様子が違うことに、俺は嫌な予感を覚える。


…!!


鍵が開いている!?


おそるおそる中へ入る。部屋が荒らされて、物があちこちに散乱している。


!!


「泥棒か!?」


突然、後ろからつかまれ羽交い締めにされると同時に、口を布で塞がれる。叫ぼうにもできない。布は少し湿っている。息が苦しくなり、なんとか空気を吸おうとする。急激に目眩が襲ってきて、俺は気を失った。



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