第六話 面倒ごと

 翌日から俺はザルカンと共にカイディーニ山を目指すことになった。

 本来の予定ではテシュの町から東に向かいセティマの森を目指す事になっていたが、その虫車に乗るのをやめて、カイディーニ山行きの虫車に乗ることになった。途中で契約を破棄する形になったが返金は無し。これで実はアクィラはセティマにいたという事になれば無駄足でしかないが、それは実際に行ってみなければ分からない。ここはザルカンと奴の氏族、火の切っ先アトゥマイを当てにするしかない。

 カイディーニ山は虫の鍋の他にも神殿や遺跡があり信仰の対象となっている。その為結構な本数の虫車が運行していて、行き来するのにそれほど不自由はないようだった。


 出発した当日の夕方、虫車はヨォクの町に止まった。テシュより小さい町だが、隣接している森は大きかった。そのせいか町中では虫狩りを良く見かける。俺達と同じように定期行路の虫車でこの町に立ち寄った者も多いが、半分程度はこの森を狩場としている虫狩りらしかった。

「こっからカイディーニ山の麓まではざっと六十タルターフ一〇八km。明日の夕方には着くぞ。あぁ疲れた……」

 ザルカンは虫車から降りて体を伸ばしていた。このでかい体には虫車の椅子は少し小さいようで、随分窮屈な思いをしていたようだ。体格が良すぎるのも考えものだった。

「虫狩りが……多いんだな。また情報収集をするか……」

 俺が周囲の虫狩りたちを値踏みしていると、ザルカンが言った。

「情報と言うんならわしらに任せい! ここにはわし等の詰所があるからな、そこで聞けばこの町の事は何でも分かるわい!」

「詰所? 町にそんなものが……軍隊みたいなことしてるんだな? 自警団か?」

「自警団みたいなもんじゃな。カイディーニ山には虫がたくさんいるからの。勝手に狩る阿呆がようけいるんじゃ。そいつの取り締まりと、よそ者とのもめ事を止めたりな。ほれ、あそこの建物じゃ」

 ザルカンが指さした先には小さな木の小屋があった。一人か二人なら寝泊まりできそうな大きさで、その外に男がいて椅子に座っていた。何をしているというわけでも無いようだが、その傍らの壁にはザルカンと同じような剣が立てかけてあり弓も置いてある。いつでも戦えると言った様子だった。

「ついて来い! 案内してやるわい」

「あぁ、頼む」

 ザルカンの後ろをついていくが、面白いように人が道を譲っていく。ザルカンはでかいし常人離れした体格をしているが、ただ歩いているだけでも威圧しているかのような迫力があった。

「ザルカン様……?!」

 小屋の外で座っていた男が立ち上がり声をかけてきた。ザルカンを知っているらしいが……様、だと? こいつはひょっとして偉いのか?

「おう、タクーラ! 久しぶりじゃな!」

 ザルカンは近づいていってタクーラと呼んだ男の肩を激しく叩いた。叩かれたタクーラはかなり痛そうだったが、何だか嬉しそうでもある。これがザルカン流の挨拶で、どうやらこの男とは親しいようだ。

「お戻りになるのですか? 例の奴は……?」

 タクーラは心配するような表情でザルカンに聞いた。タクーラも背は俺より大きいしかなり鍛えた体をしているが、ザルカンの前では見劣りする。肌の色と髪の色が同じだから、こいつもボルケーノ族、それもアトゥマイ氏族なのかも知れない。

「お前が俺にそれを聞くっちゅう事は、そっちでも進展はないようじゃな……」

「はい。四日前の情報ですが……山中の捜索は続けていますが奴らの村は分かりません。例の噂の事も方々手を尽くしていますが……やはり駄目です」

 タクーラは悔しそうにかぶりを振った。どうやらザルカンだけではなく一族で探しているようだが、特に手掛かりは見つかっていないようだ。となると、やはりザルカンの村に行ってモーグ族を直接探すしかなさそうだ。

「ところでザルカン様……こちらは?」

 タクーラが俺に視線を向ける。剣にすぐ手が届く位置に立っていて、動きにも油断がないように見えた。よく鍛えられた戦士のようだった。

「様はやめい! 今のわしはただのザルカンじゃ。こいつは虫狩りのウルクス。例の噂にちっと関係があるようでの、村に行って確認したいことがあるんじゃ」

「例の噂に?!」

 ザルカンのその言葉で、ぞわりとタクーラの気配が変わる。強烈な殺気。特に動いたわけでもないが、その体が倍に膨れ上がったようにも見えた。俺は思わずよろめく。

「おう、やめい! 違うぞ。こいつは噂の奴を探してるだけで関係はない! まあ客分みたいなもんじゃ」

「客分……」

 ザルカンの言葉でタクーラの放つ気配が一気にしぼんでいく。俺は冷や汗をかきながらほっと息をついた。ここまで明確に殺気を当てられたのは初めてだった。このタクーラと言うのはただ者ではないようだ。

「ウルクスさん、失礼しました。私はアトゥマイのタクーラと申します」

「あ、あぁ……ウルクスだ。あんたの大将に……世話になってる」

 目礼するタクーラに合わせ俺も頭を下げる。

「つーわけで話を聞きに来たが……聞けるほどの話は無いわけじゃな」

「はい、申し訳ありません。未だ手掛かりなし。聖地は……穢されたままです……」

「むう……そうか。分かった。邪魔したの。しっかり頼むぞ!」

 もう一度ザルカンはタクーラの肩を叩き、俺達は町の方へ戻っていった。

「なぁザルカン」

 戻る途中で俺はザルカンの後ろ姿に話しかける。ザルカンは足を止めず答えた。

「何じゃ?」

「お前、偉いのか? ザルカン様って……」

「ああ、それか。まあ……族長の息子じゃからの、わしは。三男坊じゃが」

「族長の?! へえ、それでか。じゃあお前、そのうち族長になるのか?」

「はっ! 族長か……! わしには無理じゃ。頭より体が動き、口より先に手が出る。わしに向いとるんは戦士じゃ。族長になるんは兄貴か……他の奴じゃろうな」

「さっきのタクーラとは親しいのか?」

「そうじゃ。餓鬼の頃から知っとる。餓鬼の頃は金玉を引っ張り合った仲じゃ」

「どんな仲だよ……しかし、一族総出で探しているのか?」

「それがまあ、ちっと面倒でな……後で話す」

 そして俺達は虫車の駐機場に戻り、荷物を受け取って宿屋に向かった。

 部屋は二人部屋で結構広い。荷物を置いて俺がベッドに座ると、ザルカンもベッドの真ん中に胡坐で座る。

「さっきの話じゃが……」

「面倒な話って奴か? 言いにくい事なら無理には聞かないが……」

「まあ村に案内するんじゃし、知っとった方がいいじゃろう……」

 ザルカンは頭を掻きながら話し始めた。

「聖地が侵され、その下手人のモーグ族を追うことになった。だが昔から聖地の危機には聖戦士が戦うことになっとっての……大昔の話で、いずこからかやってきた旅の戦士が聖地を守ってくれたそうでな、今もその風習が残っとるんじゃ。聖地を守るのは聖戦士で、聖戦士はよそ者でなければならないっちゅうのがな」

「聖戦士……そんなのがあるのか」

「英雄じゃの王じゃのという伝承はよくあるが、うちのはそれが特殊でな。で、討伐に行く者、聖戦士を一族の中から選ぶことになったが、無論そいつは腕利きでなければならん。その点で言うとわしは、剣だけならアトゥマイで一番強い」

「それでお前が選ばれたのか? 族長の息子がか……?」

「おう。随分悩んどったようじゃがの。事が事じゃ。族長の息子に気を使うより聖地の穢れをそそぐ方が大事。それで単純に一番強いわしが選ばれた」

「それが面倒なことか」

「いや、もう一つあっての……聖戦士はよそ者じゃ言うたろ? わしは選ばれ、そして聖戦士になる為一族を追放されとる。下手人を捕まえて聖地の穢れをそそぐまで帰る事はできん」

「追放……? 村に入れないと言ってたが……そのせいか」

「そうじゃ。半分は建前みたいなもんじゃが……風習をないがしろにすることはできん。しかし、本来ならわし一人で探すところを、こっそりと……いや、全然隠れてはないんじゃが、一応秘密という事で何人も協力してもらっとる。噂を確認したり、妙な者を探したりな。表向きはわしが一人でやっていることになっとる」

「確かに……面倒なことになってるな」

「おう。で、わしがお前をアトゥマイの村に案内することはできるんじゃが……恐らく副族長のカドゥが出てくる。わしの叔父なんじゃが……頭が硬くての。他の奴らならわしの口利きであれば協力してくれると思うが、カドゥは駄目じゃ。わしの名前を出したら面倒なことになる」

「追放されてるからか?」

「そうじゃ」

「聖戦士……村のために戦うのにか?」

「そう。わしも納得しているわけではないが、とにかくそうなっとる。だからもしカドゥや族長の親父、ライケンが出てきても俺の名前は出すな。二人は立場上建前でしか動けん」

「……じゃ、どう聞けばいいんだ? モーグ族を……知ってますかって?」

「ふむ……それがわしにもどう言えばいいか分からなくてな。建前上はモーグ族も秘密になっとるから、よそ者がいきなり聞いていい話ではない」

「おいおい、じゃあ行ったって何も聞けないぜ? 話の分かる奴はいないのか?」

「当てがないではないが……あまり俺が動くと目立つからのう」

「じゃあ……いっそ村にはいかずに、俺一人でモーグ族を探せばいいのか? それなら角は立たないだろ?」

「駄目じゃ。勝手に虫を狩っとる奴を取り締まっとると言ったじゃろう。ましてや今は聖地の一件でかなり気が立っとる。お前がうろついてたら、下手すりゃ斬られる。村に話を通さずにモーグ族を探すのは無理じゃ」

 つまり普通に頼んでも駄目で、勝手にやるのも駄目。カイディーニ山はボルケーノ族に支配されており同時に守られてもいるが、どうやらモーグ族を探すのは簡単ではないようだ。

「……面倒くせえ」

 俺はベッドに寝転がった。

「な? 面倒じゃろ。まあ着くのは明後日じゃ。何か考えておく」

「頼むぜ。こうなったらお前が頼りだ……」

 果たしてアクィラに近づいているのか遠ざかっているのか。歯がゆい気分だった。それでも今向いている方が前だと信じて、一歩ずつ進むしかなかった。






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