第四話 化外の民を知る者
「待て! やめろお前ら! 何をしている!」
ザルカンの後方、隊の天幕の方向から声が聞こえた。僅かに視線を動かすと、こちらに向かって走ってくる四人の姿が見えた。
「なんじゃあ?」
ザルカンは俺を睨んだまま顔を動かすが、ほぼ後ろなので見えていないようだった。それに俺から視線を外したくないのか、それ以上振り返ることもなかった。
「ありゃあ……うちの隊の護衛だな。騒ぎに気付いたようだ」
俺が言うとザルカンは眉をひそめた。
「護衛……? 面倒じゃの……」
やがて四人の護衛達は俺達のすぐそばに来て足を止めた。俺の右側で、四人で半円を描くようにそれぞれ位置を取っている。四人とも剣や槍を持っている。まだ鞘から抜いてはいないが、もし抜けば護衛達もザルカンも、双方ともただでは済まないだろう。このザルカンという奴は血の気が多そうだった。
「剣を納めろ。何があったか知らんが……その虫狩りの男は我々の移動隊の乗客だ。傷つけるような真似は許さない」
護衛の一人が一歩前に出て言う。ザルカンの様子に困惑しているようだが、その体躯や異様に巨大な剣に怖気づくような雰囲気はなかった。肝の座った男のようだった。
「話を聞きたいだけよ……お前らはすっこんどれ」
ザルカンが俺を睨みながら答える。
「ならば尚の事剣を納めろ。我々は乗客の安全に責任がある。あんたが剣を抜いている以上、見過ごすことはできない。仮に彼が犯罪者だとしても正当な手続きがなければ引き渡すことはしない」
「すっこんどれと言うとるのが聞こえんのか? 怪我せん内に消えい……」
苛つきを隠さずにザルカンが言った。剣の柄を握る手にぎりぎりと力が込められている。
「どうしても引かない気か……?」
護衛の男は腰の剣に触れる。他の三人もそれぞれの得物を持つ手に力を込める。まずい。こいつら本気でやり合う気か? 巻き添えは御免だ。
「おいおい、待て待て! 落ち着けよどっちも! 俺はさっき変な奴に絡まれて、こいつに助けられたんだ!」
俺は護衛の方を見ながら言う。だが護衛は首をかしげる。
「助けられた? なのに今度は、あんたが斬られそうになっているように見えるが」
「あー……それはなんて言うか、誤解だよ! 誤解! こいつはどうも勘違いしている! それを説明しようとしたところであんた方が来たんだが……まあとにかく大丈夫だから、気にしないでくれ」
剣を向けられたままで気にしないでとは、我ながらおかしな冗談だった。しかし護衛達からは殺気が消え、ザルカンの怒りもいくらか和らいだように見えた。
「えーと、あんたザルカンだったな? 話が聞きたいんならいくらでも話すけどよ、この剣を納めてくれよ。このままじゃ俺も話せないし、あんただって……面倒なことになるだろ? 俺は別に逃げようって訳じゃねえんだ」
ザルカンは俺を睨み、護衛の方をちらりと見た。そしてしばらくして、大きく息を吐いた。
「よかろう。逃げるなよ、貴様」
そう言ってザルカンは剣を引き、柄を右肩の後ろにひっかけた。どうやら鞘がそこにあるらしい。
俺はほっと息をつき、護衛に言う。
「というわけでよ、騒がせてすまなかったが……問題なしだ。帰ってもらっていいぜ」
「本当に大丈夫なのか? さっき誰かに絡まれたと言っていたが?」
護衛はザルカンを品定めするように見る。その視線に、ザルカンは獰猛な獣のような瞳で睨み返していた。
「あー……多分向こうの住人だろ? 変な奴はどこにでもいるさ。大丈夫だ……こいつにも取って食われるわけじゃねえし……多分」
「ふん……なら戻るが……面倒ごとは困る。話し合いだというのなら、次からは剣を抜かずにやってくれ……」
「ああ、分かったよ。ありがとよ、世話かけたな」
護衛は納得いかないようだったが、一応帰っていった。そして俺はこのザルカンと二人きりになった。俺を取って食いそうな顔をした男と二人きりだ。
「で、話って……白い鎧の女?」
俺が言うと、思い出したようにザルカンが声を張り上げる。
「おう、そうじゃ! 白い鎧の女! お前何か知っとるんじゃろ!」
でかい声に護衛がこっちを振り返るが、それだけでそのまま向こうに歩いていった。
「声がでけえよ。しかし……ここじゃなんだ。どっか、場所を移さねえか?」
人は寝静まり誰もいないとはいえ、ここは街のど真ん中だ。聞かれたくない話をするのに適した場所とは言えない。このザルカンが何を知っているのか、俺から何を聞きたいのかはまだ分からないが、もしアクィラやモーグ族に関わることなら、人に聞かせたい話題ではない。
「確かにな。ほいじゃ……わしのテントに来い。あそこなら近くに人もおらん」
「お前の……?」
あまりぞっとしない展開だった。しかしさっきあれだけ騒いだ後だ。こいつも妙なことはしてこないだろう。それに、血の気は多いようだが話の通じない相手でもなさそうだ。
「あっちじゃ。ちぃと離れた所にある」
ザルカンが歩き出し、俺はついていく。屋台の隙間を抜けて隊のテントからも離れていくが、さっきの護衛らしき奴が一人こっちを見ていた。しばらくは監視するつもりなのだろう。
隊のテントから
ザルカンは右肩の剣を鞘ごと外し手に持ち、何も言わずテントに入っていく。俺もそのあとについて中に入る。一人用の簡素なテントだ。寝転がるにはちょうどいいが、男二人が中で座っていると少々狭く感じる。ザルカンのでかい体ならなおさらで、頭が完全にテントの布に当たっていてザルカンは首を傾けていた。
「まずは名前を聞いておこうか。わしはザルカンじゃ」
小さな発光器を点けてザルカンが言う。下からの光でザルカンの顔がまるで地獄の獄吏の様に見えた。
「ああ、俺はウルクスだ。虫狩りだ」
「で、お前は何を知っとる?」
単刀直入にザルカンが聞いてきた。こいつが何を探しているのか知らんが、駆け引きの下手そうなやつだと思った。しかしそれならそれで話は早い。
「白い鎧の女についてか? それは……知らない。俺が探しているのは別の女だ」
「何ぃ?! 違う? どういうことじゃ!」
ザルカンが身を乗り出して聞いてくる。本当に噛みつかれそうな勢いだった。
「俺は……子供を探してるんだ。一二歳くらいかな? 女の子だ」
「そのガキはお前の子供か?」
「違う」
「ほんなら何じゃ? お前は人さらいか?」
「違うよ。そいつは……ちょっとした知り合いでな。でもさらわれちまって……探してるのさ」
「一二のガキ? そんなもん見つかるかのう? 他に特徴はないんか?」
「ああ、左耳の後ろに機械のような飾りがある。それと……今は目が青いかもしれない」
「目が青い?! そりゃあ……」
ザルカンが驚いた表情を見せるが、それ以上を口にすることはためらっているようだった。やはりこいつも知っているのか、モーグ族の事を。探しているのも白い鎧の女と言っていた。
「なあ、あんた……ひょっとして、肌が白くて目の青い連中を知っているのか?」
「あぁ?! ほう、つまり、お前も知っとるんか、奴らを……」
お互いに腹を探り合うようなあいまいなやり取りだが、何となく分かった。こいつもモーグ族を知っている。そして彼らが隠れ潜んでいることについても。ずばりその名前を出してこないのは、そうすべき存在だと考えているからだ。
こちらから切り出すべきか。ウルクスは意を決し口を開いた。
「……事は、モーグ族にも関わる事なんだ」
「ほう、やはりか……」
ザルカンも腑に落ちたというような表情を見せた。
「少し前にモーグ族とデスモーグ族の戦いがあった。それに俺とその子は巻き込まれて……結局その子はさらわれちまったらしい」
「化外もんまで知っとるんか、お前」
「けがいもん?」
「化外の民、ディスモーグよ。モーグ族の仇敵。わしらにとってもな」
「わしらって……お前の一族か?」
「そう……いや、今は訳あって、わしは一族から出とる……それはいい。さらわれたその子を、自分のガキでもないのに何で探しとる?」
「理由ね……さあな。俺にもよく分からん。だが……放っておくことができなかった。約束をしたんだ、必ず生まれ故郷の村に返すと……」
「それで? お前はよその国のもんのようじゃが、はるばるラカンドゥまで捜しに来て、あげくにディスモーグの刺客に襲われとるんか。お前は……」
ザルカンはしげしげとウルクスを眺める。
「お前は……何だよ?」
「阿呆じゃな。それもかなりの」
「うるせえよ、ほっとけ!」
「しかし阿呆の中でも男気がある。大したもんじゃ、弱い女や子供のために力を尽くすというのは、それは戦士の在り方じゃ。中々の気骨じゃな」
言いながら、ザルカンは楽しそうに笑みを浮かべた。
「そうかい? ありがとよ」
阿呆と言われているのか褒められているのか分からない。しかしザルカンなりの褒め言葉のようだった。
「しかしそうなると……わしの探している女とは関係がないようじゃな」
落胆したようにザルカンは鼻息をつき、腕組みをした。
「そっちは白い鎧の女? モーグ族の鎧の戦士ってことか」
「そうじゃ。よく知っとるな。そいつがわしらの村の聖地を冒した……それを討たねばならん」
「何?! 討つって……殺すってことか」
「そうじゃ。わしはその為に旅をしておる。奴を討たねば帰る事はできん」
俺は言葉を失った。てっきりこいつは……モーグ族側というか、良い奴だと思っていた。すくなくともデスモーグ族側ではないと。しかしモーグ族を討つだって? こいつは……一体どういう連中なんだ?
※誤字等があればこちらにお願いします。
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