第二十五話 死の先へ

 熱蒸気の噴出が咆哮のように響く。狂気を帯びた赤い目が、俺たちを睨みつける。その狂気は殺意となり、殺意が二本の刃を横なぎに振るった。

 俺はそれを、茫然と見ていた。俺は死ぬ。親父のように、この体を断たれて……。

「ウルクス!」

 アレックスの声に視線を向けると、俺の方に飛び込んでくるのが見えた。そのまま地面に押し倒される。

 その頭上をサーベルスタッグの刃が通り抜けた。刃の先端が触れた壁は、表面が易々と切り裂かれていた。

「何を呆けている! 逃げろ!」

「あ、ああ……」

 俺はそのまま横になったまま答えた。アレックスは跳ね起きて、サーベルスタッグに向かい走った。オリバーもサーベルスタッグの左側から弩で攻撃をしていた。

 俺は……ただ……それを見ていた。

 サーベルスタッグ……。胸が締め付けられる。まさか本物を見ることになろうとは。それも、こんな場所で……。

 俺は壁を背に立ち上がり、スリングを構えようとした。帯電球……しかし、こいつが本当に効くのか? この化け物を、本当に止められるのか?

 俺はアレックス達の攻撃の間隙を狙い、帯電球を撃つ。顔、真正面だ。だが――。

 帯電球はサーベルで弾かれた。まるで狙ったように、サーベルスタッグは顔を僅かに上向けて、それでスリング球が刃に弾かれたのだ。

 アレックスが弩を撃った。サーベルスタッグは姿勢を下げ、矢は関節の継ぎ目ではなく頭部の装甲に弾かれた。オリバーの矢も、脚で払われる。

 何だ、これは? 奇妙な感覚だった。攻撃が当たらない。当たらない? 違う……! こいつは、攻撃を見て避けている!

「そんな馬鹿なことが……!」

 俺はもう一度スリングを引き絞る。今度は烈火球だ。避けにくい体の側面を狙って撃つ。

だが、その烈火球は真ん中の脚の関節部に当たり、弾かれた。起動はしたが、炎のほとんどは床に散らばってしまった。

 間違いない。こいつは、微妙な身体操作で攻撃を捌いている。

 虫も馬鹿じゃない。人間が攻撃すれば、それを避けようとするのは当然だ。前から行けば横に避けるし、スリングや矢を撃てば当たらないように遠くへ逃げる。装甲に自信のあるやつは身を丸める。スズメバチのように動きが早ければ、並みの攻撃は容易く躱される。だが、こいつは、このサーベルスタッグは、そういうのとは次元の違う方法で回避している。まるで熟練の戦士のように、微妙な体の動きと刃の操作で、身に迫る脅威を弾き返している。

 大型の個体であればあるほど、一般に知能は高くなるという。俺は普段小物しか駆除しないが、大物相手の虫狩りは賢い機械虫に悩むらしい。僅かな人の足跡をみつけ、罠を見破る。小さい虫には無理だが、ある程度大きな虫は人の痕跡に気付く。

 だとするなら、この超大型といって差支えのないサーベルスタッグの知能は、一体どれほどだというのだろうか。

 アレックスとオリバーが左右から同時に射かける。その攻撃さえ、サーベルスタッグは刃と装甲で逸らしてしまう。人間にもそういう真似のできる奴がいる。達人という奴だ。無駄の無い動き。攻防が一体となり、即反撃に転じられる戦い方。

 サーベルスタッグが顔を右に振り、刃がアレックスを狙う。地面を蹴るのがわずかに遅い。アレックスは弩で刃を受け、後方に吹き飛ばされた。そのまま壁に叩きつけられ、座り込むように崩れる。弩は真っ二つになっていた。鎧に刃は届いていないようだが、それでもなお、相当の衝撃だったのだろう。アレックスは立ち上がる気配を見せなかった。

「アレックス!」

 オリバーが弩を連射する。サーベルスタッグはそれを正面から受ける。目や、あるいは眉間の急所を狙っているのだろう。だがそれは僅かな頭部の動きで装甲に弾かれている。

 赤い目は怒りの色だ。しかしその目は冷静に矢の軌道を読み、オリバーの攻撃をすべて無効化している。狂気に侵されながらも、このサーベルスタッグは冷徹に状況を判断している。殺戮の機械だ。

 オリバーは後退しながら矢を撃ち続ける。しかし尽きたのか、その攻撃が止まる。サーベルスタックは悠々と歩を進め、刃の領域が迫る。

 オリバーは電磁ブレードを手に取り、弩を捨てた。サーベルスタッグは右に頭を振り、今度は左側に思いきり振り抜いた。刃が風を鳴らしオリバーに斬りかかる。

「おおおっ!」

 オリバーは跳び上がり刃を躱し、電磁ブレードを構えサーベルスタッグの頭部に近づいていく。ブレードで倒す気だ。

 サーベルスタッグは半歩前に出て、そして体を前に突き出した。オリバーは間合いを潰され電磁ブレードが空を切る。そのオリバーの腹に、サーベルスタッグの顔が思い切りぶつかる。頭突きだ。

 豆が弾ける様にオリバーの体が飛んでいく。電磁ブレードを取り落とし、床にたたきつけられ跳ねて転がる。オリバーは動かなかった。白い鎧の戦士が、二人とも叩きのめされていた。

 俺は帯電球を持ったまま、動けずにいた。

 サーベルスタッグは床を踏み鳴らし、まだ足りないとでも言うようにかぶりを振る。地団太のように脚を強く床にたたきつけ、刃で壁を打ち付ける。

 一体、俺に何ができるというんだ。スリングは弩より遅い。奴の目には止まって見えるだろう。撃ったところで無駄だ。

 親父。あんたもこんな気分だったのか? サーベルスタッグに遭遇し、ろくな武器もないままであんたはやり合ったんだ。仲間が死に、自分の番が来て、それでもあんたは戦えたのか?

 俺の手から帯電球が落ちた。もう、拾う気にもならなかった。

 虫は強く、人は弱い。当然のことだ。俺たちは虫のいない土地を探しながら生きている。この世界は虫の世界なのだ。

「いいざまだな、アレックス」

 サーベルスタッグの後方、部屋の角が一段高くなっていて、そこのドアが開いた。ジョンだ。そんなところに出入り口が? 遠目にはわからなかった。

 ひょっとしたらその向こうに、アクィラもいるのかも知れない。しかし途方もなく遠い。永遠にたどり着けそうにない。

「狂化した機械虫は強い。だが、感応制御装置で操られた機械虫はなお強い。兵装の制限が解除され、その身の内に眠る凶悪な兵器を自由に使えるからだ。このサーベルスタッグよりも強力な機械虫が、この国を……いや、この世界を滅ぼす」

 ジョンがゆっくりと段を下りてくる。サーベルスタッグはジョンの命令によってか、その場を動かずじっとしていた。

「ジョン……それが、目的か……!」

 倒れていたアレックスが立ち上がる。壁に背をつき、立っているのもやっとという様子だった。

「長い時間が必要だった。何百年も……我々は歴史の裏で虐げられてきた。そんなお前たちの作った歴史など、我々には何の意味もない。滅びて当然だ。人も、国も、何もかも、全てを焼き尽くしてやる……」

 ジョンはアレックスの方を向いて立ち止まった。

「その手始めがお前たちだ。既に信号を送る準備はできた。もうすぐ信号が発信され、全ての虫が動き出す。全てを滅ぼせという命令を、実行するのだ」

 ジョンが右腕を挙げた。すると、途端にサーベルスタッグが動き出し、まだ床に倒れているオリバーに向かって歩き出した。

「アレックス。お前は俺の手で殺してやる。デスモーグ族に殺されろ! モーグ族の戦士よ!」

 ジョンがアレックスに飛び掛かった。アレックスは右に飛んでよけ、そして腰に下げていた道具を引きちぎり俺の方に投げた。

 足元に投げられた道具が落ちる。ベルトの切れ端と、見たこともない装置、白い袋。予備で持っていた弓矢と、それにワイヤーの巻かれたドラムとフック。

「逃げろ! アクィラを助けるんだ!」

 アレックスはそう叫び、ジョンと戦い始めた。ジョンは電磁ブレードの様な武器を持ち、アレックスは素手だ。鎧を着ているとはいえ、その条件は同じ。であれば武器がない分不利なのは火を見るより明らかだ。

「行け! ウルクス!」

 オリバーが叫んだ。立ち上がったオリバーの左腕は折れているのか、力無く垂れ下がっていた。とても戦える状態には見えなかった。

 このフックを使って二階に行け。そういう事のようだ。二階に行けば、もう一度階段を使ってこの三階に来ることができる。ここでサーベルスタッグを相手にするよりはましな考えだろう。アクィラを助けられる可能性は、少しはあるのかも知れない。

 だが、二人はどうなる? アレックスもオリバーも傷だらけ、満身創痍だ。そして危機は去っていない。ジョンと、サーベルスタッグ。その殺意が二人の命を刈り取ろうとしている。勝ち目は薄いだろう。

 俺は足元を見る。このフックを上の通路にひっかければ、登ることができそうだ。二人を見捨てて、逃げるのだ。そして……アクィラを救う? 俺一人でできるのか?

 ひょっとしてもう、駄目なのか。恐ろしい考えが頭をよぎる。

 誰が何をしても、もうアクィラは助けられないんじゃないのか。アレックスもオリバーも死ぬ。俺も死ぬ。アクィラは救われず、そしてこの国自体が亡ぶ。

 それはもう、止められないことなのか?

 アレックスはジョンに壁際に追いつめられている。一撃ごとに電撃を食らい、殴られ、蹴られ、やられ放題だ。

 オリバーは電磁ブレードを持ってはいたが、今更それが何の役に立つというのだろう。あの巨大な刃を阻むものはない。防ぐ手立てなどありはしないのだ。

 なあ、親父。あんたも最期は、こんな気分だったのか? 死ぬと分かって、あんたは俺に何を言おうとしたんだ?

 殺された親父の事を考える。そして、感情が……冷えていく。恐怖が消え、怒りがこみあげてくる。

 諦め、死ぬ為にここに来たんじゃない。俺は、アクィラを助けるためにここに来たんだ!

 俺は足元の弓を拾った。本体が折りたたまれていて、伸ばすと金具がかみ合って弦も勝手に張ってくれた。そして、矢。普通の矢ではなく、ビートルに弾かれた弩の矢を拾う。これでなければ奴は殺せない。

 まだ諦めるわけにはいかない。まだ、できることが残っている。

「こっちを向け! くそスタッグ!」

 俺は帯電球を直接スタッグに投げた。脚で弾かれ起動もしないが、それはどうでもいい。こっちを向かせるためだ。

 サーベルスタッグがチラリとこちらを向く。おれはその顔に向かって、アレックスが投げてきた普通の矢を十本ほどまとめてぶん投げる。

 矢は空中で別れてバラバラに飛んでいく。サーベルスタッグは戸惑うように動き、矢は背中や頭にぶつかる。そのうちの一本は、顔の装甲のない部分に当たっていた。当たっても傷にもならないが、だが、やはりだ。

 奴も無敵じゃない。同時に攻撃が来れば、どこかで見落としが出る。頭にぶち込むことができるはずだ。

 サーベルスタッグは今の攻撃で苛ついたのか、俺の方に向かってきた。それでいい。こっちに来い。

 俺はスリング球の入った袋を手に取る。

「オリバー! 俺の合図でブレードを顔に向かって投げろ!」

「何?」

 一度きりだ。やり直しはできない。しくじれば、俺は真っ二つだ。アレックスとオリバーも恐らく死ぬ。そして、アクィラを救うこともできない。

「オリバー! 今だ!」

 俺はスリング球の入った袋をサーベルスタッグに向かって投げる。空中で中からスリングが五つ飛び出て、それぞれ適当な方向に飛んでいく。そして、オリバーは電磁ブレードを投げた。

 サーベルスタッグの脚が止まる。そして上と横から飛んでくるものに目を奪われる。そうだ。よく見ろ。そして気を逸らせ。

 俺は弩の矢をアレックスの矢に番えた。そして思い切り引く。グローブが俺の力を強め、そして限界まで引き絞る。

 来たか……。

 サーベルスタッグの顔に血まみれの親父の顔が重なる。

 そうだ。俺は……ずっと怖かった。親父が殺されたことが。強い機械虫が怖かった。だから逃げていたんだ。親父のことを理由にして。

 だがもうこれで終わりだ。俺は前に進む。アクィラを助ける。みんなで、生きて帰るのだ。

 消えてくれ、親父。もう逃げたりなんかしない。あんたの死を認める。虫は強く、人は弱い。ただそれだけのことだ。そして……それでも、俺たちは行かなければならない。

 血まみれの親父が消えていく。見えるのはサーベルスタッグだけだ。ただひたすらに、奴の顔を見る。何も聞こえない。何も感じない。音も、体の痛みも、恐怖も、全てが消え去る。ただひたすらに、奴の急所だけを狙う。

 今だ。

 奴の動きと、俺の狙いが重なる。矢を放った。必殺の、一撃を――。





※誤字等があればこちらにお願いします。

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816700429113349256

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る