朝焼けの終劇論

 私は走った。ただ過去と訣別するように、そして過去を忘れぬように走った。それはまさに、思い出の中を駆け抜けるようだった。


「二人がいた毎日はもう……過去だったんだな」


 私は手を見る。手はだんだんとぼやけて、白い光が混ざるようになったコバルトアワーの終わりに向けて、劇の終わりに向けて、私のプレイしている「宵闇の夏色」の終わりに向けて、どんどんと私の存在を現実に引き戻そうとしている。


「だんだん…ぼやけてきてる」


 そう言った私の周りで、街はさっと地平線から差す光に一瞬まぶしく照らされた。


「まぶしいな…」


 そう言った私の目の前で、赤いような橙のような朝焼けの光が私の顔を照らしていた。これが私の作ったゲームだとわかっていても、とても美しい自然の光景のように見えた。


「朝焼けだ…もうすぐ劇は終わっちゃうんだね」


 私がそう独りごとを言うと、赤い光の合間に白い光が差し始める。青空の欠片が地平線に広がり、私はその青空をじっと見つめた。朝焼けのあとは雨が降るというが、そんなことは感じられないほど美しい朝焼けと美しい青空の欠片だった。私はすこし西の空を振り返った。そこにはまだコバルトアワーの名残が、コバルトに少し緑色が混ざったような空が広がっている。


「もし……もし二人にまだ聞こえてるなら……これだけは言っておきたいな」


 そうつぶやいて、私はもう一度明け方の空を見つめた。まぶしい光と涼しい風が、今の私の心を象徴するように、醒めた空から照りつけ、吹きつけていた。


「コウくん、チヒロ、演劇同好会に来てくれてありがとう。私の背中を押してくれてありがとう。じゃあね」


 私がそう大声で言い切っても、コウくんとチヒロの「お疲れ様でした」「さようなら」は聞こえてこない。それでも私は別によかった。別れなんてそんなものだ。幸せになれる別れなら、別にそれでいいじゃないか。どんな幸せな結末も、ハッピーエンドには違いない。私はそっと舞台袖の方に行き、最後の台詞を放った。


「緞帳、下げてください」


 白く染まった空間は青空の色に染まる。そして私は、現実に戻った。

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