宵闇の夏色

薄暮の紅色

当日の上演論

 打ち合わせの6日後、大会はついに始まった。私たちの出番は2日目最後、今日は大会2日目だ。


「チヒロ、大丈夫?」


「大丈夫。上演時間まであと何分?」


「あと10分ぐらい。準備は大丈夫だね?」


「うん」


 私とチヒロ、それにユリアちゃんは同時に深呼吸した。


「ははは、なんで同時にするの」


「緊張してる証拠じゃん」


「そうなんですかね」


 私たちは笑い転げた。大会前は緊張のようなもので情緒が不安定になる。それはずっとわかっていたが、いざそうなると緊張を感じずにはいられない。


「上映順10番の八町高校演劇同校会の皆さん、スタンバイしてください」


 その声が響いたのは、程なくしてからだった。






 上演が始まったと思ったのもつかの間、私たちはいつの間にかカーテンコールに立っている。


「ありがとうございました。ヒロシを演じました、ユリアと申します」


「サユリを演じました、チヒロと申します」


「エリカを演じました、アヤナと申します」


 みんなで息を合わせて、最後の台詞を。


「皆さん、ありがとうございました」





 上演が終わって、私たちはホールの外へ出た。例年のように講評を直接聞くことはなく、三日目に講評用紙を学校ごとに受け取ることになっている。私たちはホールの外でしばらく談笑したあと、あることに気づいた。


「そうだ、私たち最後だからそろそろ帰らないと」


 みんながはっとした。そして、荷物を背負って夕日の中をホール近くの無人駅まで歩きはじめる。


「楽しかったね」


「さっきから何回それ言った?」


「わかんない」


 チヒロと私はその会話を繰り返し、1年生たちは私たちとは別に話をしている。そして私は、妙な既視感を抱いた。夕闇を通過する電車のヘッドライトが切り裂く。信号が赤くなったり緑に光ったりして、電車が来る予兆を示す。


「さて、そろそろ電車来るね」


「そういえば明日は電車減便だってさ」


「え、なんで?」


「なんか工事するらしいよ」


「へえ……鉄道なんて使う人減ってるのにねえ」


「まあ、コロナ後の消費をなんとか得たいんでしょ」


「まあそうだと思うけど」


 チヒロと私はそんなことを言いながら、電車を待った。やがてやってきた電車はドアを開け、私たちはその電車に乗る。チヒロが電車に乗る時、「もうすぐか」と言った気がした。私はチヒロに聞いてみる。


「今何か言った?」


「ううん、何も」


 私は「そう」と言って黙る。チヒロはスマホを取り出すと、ゲームにログインした。


「そうだ、アヤナはもう新しいストーリー読んだ?」


「まだ」


「じゃあネタバレはやめとくわ」


 チヒロは私にそう言うと、ゲームを操作し始めた。

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