弁当の比例論

「アヤナ、今日の弁当どんなの?」


 チヒロが私の弁当を見て聞く。


「見ればわかるでしょ」


「そうじゃなくて味。味は見ただけではわからないじゃん」


 チヒロに言われて、私はそっと弁当箱の蓋にアスパラガスの豚肉巻きを置いた。


「食べる?」


「遠慮しとく」


「なんでよ」


「人参とピーマンのほうが嬉しいから」


「え、チヒロってアスパラガス嫌いなの?」


 私は衝撃の事実に困惑しながら、人参とピーマンの豚肉巻きを弁当箱の蓋に載せた。チヒロはそれを口に入れると、笑顔を浮かべた。


「どう、美味しい?」


「このピーマン甘い!めっちゃ美味しいじゃん」


「ありがとう」


 私はチヒロに喜ばれたのが嬉しくて、料理を練習した日々を思い出した。始めたての頃は焦がしたりして、大変だったっけ。


「チヒロのサンドイッチは?」


「あーこれ?食べる?」


「うん」


 チヒロはサンドイッチを1つ取ると、私の目の前に突き出した。


「どうぞ」


「ありがと」


 私はサンドイッチを口に入れた。卵サラダの味の中に、みじん切りにした玉ねぎが効いている。


「玉ねぎいいね」


「お母さんに言っとくよ」


「え、チヒロのお母さん料理上手いんだね」


「まあね」


 私たちは笑いながら弁当を食べる。弁当の内容は、その人の性格に比例すると思ったのはこのときだった。


「そういえばコウくんの弁当って不思議だったよね」


 チヒロが私の考えに共鳴したように言った。


「そうだよね、いつも海苔巻きが8つだけだった気がする」


「8つが丁度いいって言ってたけど、そんなので足りるのってすごいよね」


「え?逆に多いんじゃないの?」


「あれで多かったら私のサンドイッチは6つで足りるよ」


 チヒロのサンドイッチは8枚切りの食パン一斤すべてを使い、三角形のサンドイッチを8つ持ってきている。チヒロの弁当が4分の3になるのは、大した事件だ。


「まあそれは置いといて、そろそろみんな食べ終わりそうだね」


 チヒロに言うと、チヒロは猛スピードでサンドイッチを食べ始めた。サンドイッチがみるみるうちにチヒロの胃袋へと放り込まれていく。ものの3分でサンドイッチは消え、全員が弁当を食べ終えた。


「じゃあ帰りにします、お疲れさまでした」


 私がそう言って、みんなが「おつかれさまでした!」と復唱する。そしてみんなは下駄箱に靴を取りに行く。


「チヒロ、ちょっと残ってくれる?」


「どうしたの、説教?」


「いやそういうわけじゃないよ、大会の翌日の予定が聞きたくて」


 チヒロはしばらく考えたが、微笑んでうなずいた。


「空いてるよ。反省会でもするの?」


「もちろん。いつもの教室を取ってあるからそこで反省会をする。それから一年生に引き継ぐ内容を精査する」


「わかった。じゃあ今日は一緒に帰ろうか」


「そうだね」


 私とチヒロは、人のいなくなった廊下を歩きだした。正午を過ぎた校舎の廊下には、中庭で夏の昼下がりをやかましく鳴き続けるアブラゼミの声と、夏特有の湿った暑い空気が漂っている。私は「蝉時雨」という言葉を思い出して窓の外、中庭を見た。そこにはただ噴水だったものがそびえる小さな長方形の池がたたずみ、周囲を木々が取り囲んでいる。私は夏の風景を見ながら歌を口ずさんだ。歌は廊下に響き渡り、チヒロが合わせて歌い始める。歌が終わった頃には私たちは下駄箱で靴を手にしていた。

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