第35話 自己紹介

 クロトとルウシア、二人のエルフを連れ立って宿屋を出ると、外はすでに日が落ちており夜になっていた。


「少し込み入った話になりそうだから、さっきの広場まで移動してもいいか?」


 そう問いかけると二人は『何を話すのだろう』と不思議そうな顔をしつつ頷いた。それを見てゆっくりと歩き出す。


 少し風が出ているのか、木立がざわめく音がする。それはまるで落ち着こうにも落ち着けない俺の心を表しているような光景だった。


 移動している最中、俺たち3人の間には会話は一切無かった。恐らく、俺がかなり緊張していることを察してくれていたのだろう。


 あっという間に広場へつくと、俺は二人に向かい合ってから口を開いた。


「さて、話っていうのは二人が俺の事をどう思っているのか聞きたいんだ。聞かせてもらえないか?」

「わたくしは黒の書に書いてあった通りすべての魔法に精通し、それらを行使出来る偉大な魔法使いだと思っておりますわ」


 俺の問いかけにルウシアは当然でしょう?と首を傾げて答えるが、隣にいたクロトは疑惑を感じさせる目で彼女とは違う答えを出す。


「……僕もさっきまではそう思っていたが、先程までの振る舞いを見てなんとなく違うんじゃないかと思い始めてきた。僕達を連れ出したのはそれが関係しているんだろう?」


 その問いかけに首肯で返し、詳しく説明するために切り出した。


「クロトの言う通り、二人は俺の事を誤解……じゃないな。過大評価しているんだ。だから、今ここで自己紹介したいと思う。ちょっと長くなるかもしれないが聞いてくれるか?」


「俺はカテラ・フェンドル。年は16で、生まれは人間界の片田舎、エンディアっていう小さな村だ。俺はそこに捨てられていた孤児でな。幼少期は孤児院で他の子供と変わらない暮らしをしていたんだがある日魔力の大きさを買われて数々の魔法使いに師事することになった」

「ちょ、ちょっと待った。カテラ、君もしかして人間なのか?」

「ああ。魔界にはレリフの手引で数日前に来たばかりだ」

「では何故黒の書が魔界まで渡ってきたのでしょう?」

「それについては後でルウシアの話を詳しく聞かせて欲しい。続けていいか?」

「ああ、済まない。続けてくれ」


「数々の魔法使いに師事したものの、俺はある問題を解決出来ずにいた。それは……」




 ここまで来て言い淀む。心に深く根を張った自尊心が『まだ誤魔化せるはずだ』と囁き次の言葉を阻む。


『まだ誤魔化せる。今言わなくてもいいだろう』

 うるさい。今言わなかったらそのままズルズルと先延ばしにするのは俺が一番わかっている。


『彼女は何でも出来るお前に憧れているんだぞ?そこに「僕は何も出来ない出来損ないです」と言って何になる?』

 邪魔をするな。少なくとも誤解は解けるだろうが。


『このまま黙っていればあの女を好きに出来るかもしれんぞ?貴様の理想を演じてくれるまさに理想的な女ではないか』

 黙れ!俺は魔界に魔法を学びに来たわけでそんな事をしに来たわけじゃない!!


「あの……カテラ様?顔色が優れないようですが……」


 内なる声と戦っていた間は黙りこくっていたのだろう。ルウシアの心配する声でハッとする。

 額に手をやるとジットリと汗をかいていた。その手もカタカタと若干震えていて、自分が予想以上に緊張していることが一目でわかった。

 深呼吸を数回繰り返し、心配する二人に「大丈夫」と答えてから続きを話し始める。


「俺がまだ解決できていない問題、それは『自身にしか魔法を使うことが出来ない』ということだ。つまり俺は……すべての魔法は愚か、初級中の初級である灯の魔法一つすらろくすっぽ使えないような魔法使いっていうことだ」

「では……あの本に書いてあったのは……」

「真っ赤なウソだ。俺が理想とする人物像を描いただけの空想の物語だよ」


 その答えを聞き、ルウシアは悲痛な面持ちで俺を見る。そのせいか、収まりかけていた嫌な汗がまたもや吹き出してきた。これから軽蔑の言葉をかけられるのか、それともビンタや鉄拳が飛んでくるのか。それか徹底的に無視されるのか。


 悪い方向ばかりに想像が進むが、結果はそれのどれでもなかった。


「そう……だったのですね」

「軽蔑してくれても構わない。夢見がちな男とでも、現実との区別がつかない痛い奴だとでも……」

「そんなことありませんわ!」


 自嘲気味に放った言葉を、ルウシアの言葉が遮る。その威勢に俺が怯むと、彼女はその勢いのまま続けて語りかけてきた。


「理想のあなた様とは異なり確かに些か落胆はしましたわ。ですが、だからといって軽蔑などしませんわ!あなた様が魔界に来た理由、それは先程の問題を解決するための手段を探す為でしょう!?目的の為なら未知の世界へと飛び込む勇気のあるあなたを軽蔑するなど出来るはずが有りません!」


 よほど興奮していたのか、彼女はそう言い終わると肩で息をしていた。その肩に優しく左手を載せ、クロトが続けて俺へと語りかける。


「さっきの話だと、その問題は生まれ持っての物だろう?結果も出ないのに十年以上頑張り続けるなんてこと、そう誰にでも出来るわけじゃない。現に同じ境遇に置かれていた僕なんて、魔法を捨てて剣士としての道を選んだからね」

「同じ……境遇?」

「ああ。僕も攻撃魔法、空間魔法はもっぱらダメでね。発動は出来るんだけど実用するには程遠い」


 そう言った彼は魔法を詠唱したのか、肩に置いた左手とは反対の手のひらから火球が飛び出した。小指の爪くらいの大きさのそれはすぐに「ぽふっ」という音を立ててかき消えた。


「エルフは攻撃魔法が得意な種族でね、それが使えないとなると結構見下されることが多いんだ。特に僕は歴代魔王の血を引いたにも関わらずそんな状態だったから尚更ね。だから兄の僕では無く妹のルウシアが魔王候補になっているってワケだ」


 あーつまり、その……なんて言うか……


 右手で後髪をワシャワシャとかき混ぜて、クロトは俺の告白に対する感想を告げた。


「なんて言うか、親近感が湧いたよ。本当に、よく伝えてくれたね。さっきの様子からしてかなり緊張しただろうに」


 彼はそのまま右手を俺へと差し出し、握手をせがんだ。


「短い間だろうが、よろしく頼む」

「ああ、よろしく、クロト」

「ああそうだ、一応言っておくけど一個年上だからそこんところよろしく」

「早く言ってくれ、いや、言ってください?」

「あはは、別に敬語じゃなくていいよ」


 そんな他愛ない話をしながら、俺たちは告白の為にお預けとなっていた夕食を取るために宿屋へと戻っていった。


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