第25話 魔物の作り方

 一方、カテラ達魔王一行は馬車に乗り込み出発しようとしていた。太陽が真上に差し掛かり、緑豊かな魔界の情景を暖かく照らす中、各々はまとめた荷物を載せるところだった。


 これといった荷物を持っていないカテラは用意されていた数着の着替えと人間界に置いてきた日記の代わりになる一冊の本を幌付きの荷台へ乗せた後、馬車をく二頭の馬をまじまじと見つめていた。


「馬など見て楽しいか?」


 そう聞くのは同じく荷物を積み込み終わった魔王レリフ。彼女は木製の御者席に腰かけ、サンダルを履いた足をぶらぶらと遊ばせていた。


「楽しいというよりも新鮮だな。何せ、今までの人生16年のうち9割は部屋に籠っていたと断言できる人生を送ってきたからな。動物と触れあう機会なんて皆無だったんだ」


 そう言いながら茶色の毛並みを撫でる魔法使い。彼の目線は馬のいたる所に目移りするが、彼に見つめられている馬たちの目線は彼の顔を見つめるばかりで、身動き一つどころか、鼻嵐一つすら起こさない。


「にしても、二頭ともやけに大人しいな?」

「こ奴らとて我が作った魔物じゃしの。我以上の魔力を浴びたことが無い故恐れているんじゃろ」

「こいつら魔物なのか!?てっきりただの馬かと」


 魔法使いが驚くのも無理はない。何故なら、魔法を用いて生命を造り出す事は出来ないというのが長年してきた魔法の研究で明らかにした事なのだから。


 だからこそ死者を蘇らせる事は出来ず、女神が勇者を生き返らせる行為が神の御業として知られているのだ。当然彼は目の前にした、明らかに魔法の領域を越えた神業に言及する。


「それよりもだな……先ほどの話じゃ魔物も女神が創ったと言っていたがレリフが創ったとはどういうことだ?」

「まぁ正確に言えば女神様と我の共同製作じゃの。馬の胸元を見てみぃ。赤い菱形があるじゃろ?それは女神様から授かった魔核という物での、それに魔力を流し込めば魔物が作れるのじゃ」


 彼女の言葉に従って馬の胸元へと視線をやると、そこには手のひら大の赤い菱形が日の光を反射し煌めいていた。


 魔法使いはそれを見て納得していた。人の手では届かない生命創造も神の手が加われば可能だろう、と。彼は視線を馬から魔王へと移して話し始める。


「案外簡単に作れるもんなんだな、魔物ってものは。俺はてっきりもっとこう……」

「魔王さまが一匹ずつお腹を痛めて産むかと思った?やだなぁお兄さんったら、昼間からそんなこと考えちゃダメですよー」


 背後からした声に驚き振り返る魔法使い。彼の目に映ったのはにやにやと子憎たらしい笑顔を浮かべる小悪魔の姿だった。たまらず彼の口から反論が飛び出す。


「んなこと考えてないわ!というかしれっと背後に立つな!」

「……ほぉ?どういう想像をしていたのか、詳しく聴かせてもらおうか?」


 だが、小悪魔の言葉を信じた魔王はぶらぶらと遊ばせていた足を組み、圧を感じさせる笑顔で魔法使いを問い詰める。


「想像も何も、魔法の限界を超える事をこう易々とされるなんてやはり女神が絡んでいたんだなって再認識していただけだ」

「ふむ……まぁいいじゃろ。どうせリィンがからかう為についた嘘じゃろうしな」

「やはり魔王さまにはバレちゃいますか。と言うわけでお兄さん、ごめんなさい」

「謝るなら最初からやらないでほしいんだがなぁ……。まぁいい、イグニスたちを手伝ってくるわ」


 素直に頭を下げる小悪魔に呆れたようなため息を吐くと、彼は龍人と獣人の二人を手伝いに城の中へと姿を消す。それを見送った小悪魔は御者席に座る魔王の左隣へと腰掛け、同じく足をぶらぶらと遊ばせる。


「にしても、あやつのことはやけにイジるのぅ。そんなに後輩が入ってきたことが嬉しいのか?」

「当たり前ですよ。あたしが魔王さまに拾われて10年程、ずーっと一番下でしたから」

「まぁ一月もすれば立場的には一番上になるのじゃがな」


 それまでは徹底的にイジりますよー、後でやり返されない程度には抑えますけど。そう答える小悪魔に対し魔王はくっく、と短く笑い彼女へと言葉を投げ掛ける。


「この旅を通して両親の手がかりが見つかればいいのぅ」

「まぁあたしは今の生活結構気に入ってますし無理して元の生活に戻らなくてもいいですけどね」

「ずいぶんあっさりしてるのう……まぁ、両親が見つかったら我からは言いたいことがたっぷりあるがの」


 魔王はくどくどと、まるで説教する相手が目の前にいるかのように喋り始めた。


「まだ立ち上がることも出来ない赤子を、雪が降りしきる寒さの中放り出して去っていくなど考えられんわ。もし我が気まぐれで散歩に出かけようとしなかったらどうなっていたことやら」

「あー……そう考えると結構危なかったですねぇ」

「じゃろ?そんな境遇に立たされていたのじゃぞお主は。魔王として説教の一つや二つはしてやらんと気が済まん」


 魔王は腹を立てた様子でそう言うが、当の小悪魔は彼女の方ではなく反対側、城へと目線を向けていた。それにつられ魔王もそちらへと目線をやる。


 彼女らの目に真っ先に映ったのは、今にも涎を垂れ流しそうな、緩みきったケルベロスの顔だった。そしてその下には対照的に疲れ果て、息も絶え絶えな魔法使いの顔。さらにその下には首に回された彼女の両手にぶらさがっている荷物。


 彼は彼女とその荷物を背負いながら、両手にトランクケースを持って馬車へと重い足取りで近寄ってくる。後ろで心配そうに見ている龍人が何も持っていないことから、両手の荷物は彼女のそれだということが分かる。


「おーもーいー」

「それは……こっちの台詞だ……頼むから……自分で歩いてくれよ……」

「ご主人あったかいし離れたくないー」

「勘弁してくれ……」


 彼はなんとか馬車に荷物とケルベロスを詰め込むと荷台に大の字で寝転がり、息を整えてからああなった経緯をそのままの姿勢で魔王たち二人に説明した。


 彼曰く、「何か手伝えないか」と二人に聞いた次の瞬間にはイグニスからは荷物を持ってほしいと頼まれ、ケルベロスはいつの間にか背中に鎮座していたのだとか。


「次期魔王がからかわれ、おんぶさせられるって絶対おかしいだろ……」


 彼の愚痴めいた疑問は魔王の一言でピシャリと跳ね除けられた。


「まだ魔王になってない故、今のお主はただの一般人扱いじゃ。まぁこれから一月の辛抱じゃな」

「これが一ヶ月とか……頭が痛くなるな」

「ところで魔王さま、今日はどこまで進む予定なんです?」

「今日はユグドラシルとの中間地点であるサシャの村で一泊する予定じゃ。ほれカテラ、はよう御者席に座らんかい」

「御者まで俺かよ!……ああもうなんでもやってやるよ!」


 彼は半ば自棄になりながらそう言うと、起き上がっては先程まで小悪魔が座っていた席まで移動してぴしゃりと手綱を打つ。


 その音に驚いたのか、それとも彼自身のイラつきを帯びた魔力に恐れをなしたのか、二頭の馬は逃げ出すように急加速をする。勿論、牽かれている馬車も同じく急発進し始めた。


「ちょっ……!誰か止めてくれえぇええ!!!」

「このペースなら日が暮れる前に着きそうですね。その調子ですよお兄さん!」

「あの……普通に止めた方が良いのでは……?」


 こうして賑やかな旅立ちと共に彼らの旅は幕を開けるのだった。

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