【改稿】勇者一行追放から始まる魔王生活~次期魔王として魔界に招待された俺は魔法が使えない~

子獅子(オレオ)

二人の別れと旅路の始まり

第1話 とある魔法使いの話

 木目が目立つ部屋の中、同じく木製の机の前に腰かけていた黒髪の青年はとある手紙の前で思案していた。クマが酷い顔に「開けるべきか」という表情を数度滲ませたあと、意を決して獅子の意匠が施された赤の蝋封印を破りその内容に目を通す。


 ――――カテラ・フェンドル殿


 貴方の功績はかねがね耳にしております。

 弱冠13歳で魔法使いの頂点に立つ、その類稀なる才能と膨大なる知識をどうかこの世界を救うために役立てて頂けないでしょうか。


 とある村にて勇者の素質を持つ者が現れました。その者と力を合わせ、どうか魔王を討伐してほしいのです。


 3年後は忌まわしき人魔戦争が始まってから100年です。3年後に勇者と共に出発するという予定になっております。


 50年前の勇者たちは善戦惜しくも散ってしまいましたが、この節目ともいえる100年目を人間の勝利で飾るためにあなたの力添えを期待しております。


 フェレール国王 アキレウス・フェレール―――――


 王国有数の魔法学院、レイノール。その寮の一室で俺は王室からの文面に目を通す。


 数回読み直して満足すると、広げた魔術書や魔法関連の論文が山積みになった机の上へ三つ折りにして置き、伸びをすると凝り固まった体からはパキポキと小気味良い音がした。


 この手紙を頂いたという事は王室にその実力を認められたという事だ。思わずニヤけてしまう。


 実際、俺は数々の勲章や称号を手にしてきた。その数は優に100を超える。


 すべて発表した論文の成果だ。魔法と付くものであればすべて研究し、論文を発表してきた。


 そして使という栄誉な称号も手にしている。


 にも拘わらず、俺はこの手紙に『はい』という返事を書くのに躊躇していた。


 なぜなら―――――使


 その理由は分からない。生まれた時から魔力はあるのに魔法は使えず、それをひた隠して生きてきた。


 膨大な魔力を持っていることを見抜かれ、数々の魔法使いに師事してきたものの、この10年間一度たりとも魔法を使えたことはない。


 基礎中の基礎、『灯の魔法』すらもだ。この魔法は魔法の道を志す者であればそれこそ赤子でも使える。むしろ、これを使えない魔法使いなど聞いたことがない。


 先に話した論文の数々は何とかして魔法を使う事ができないか書籍や資料を読み漁り模索した結果の副産物だ。


 結果的に、十年間寝る間も惜しんで続けてきた研究は実を結んでいない。


 その為、一年前に手掛かりを求めてこのレイノール魔法学院に入学した。試験は膨大な魔力量とそれまでに発表した論文のおかげでパスできた。


 それからというものの、俺は『研究』と称して寮の自室に籠りきりで蔵書を読みふける毎日を送ってきた。


 そうすることで人の目を避け、『魔法が使えない』という事実を隠しながら現状を打開する策が無いか考えていたのだ。


 おかげで学園内で出会えると魔法の腕が上がるなんて噂も立っていた。


 ともかく、勇者一行に加わるとなれば今までのように魔法を使わずに誤魔化す、なんてことはできなくなる。


 つまり、この事実がバレる可能性が高い。しかも全世界に。


 かといってこの誘いを断れば『才能はあるのに魔王に立ち向かわなかった臆病者』というレッテルを貼られることになる。やはり全世界規模で。


 どちらにしても今まで賞賛しか受けてこなかった、この膨れ上がった自尊心プライドには耐えがたい屈辱なのは火を見るよりも明らかだった。


 ――考えていても仕方がない。少し気分を変えよう。


 そう思った俺は自室から出て学園の敷地内を散歩することにした。


「おーい、カテラー」

 後ろから声を掛けられる。振り返ると修道服に身を包んだ少女がこちらに向かってきていた。


 肩までかかる金髪を揺らし、愛嬌のある笑顔を携えて。


 彼女はアリシア・クロウス。俺と同じ修道院で育ち、回復魔法と支援魔法の腕を見込まれてこの学院に在籍している。


 その手腕はすさまじく、50年前の勇者一行にいた僧侶、『聖女』の再来として期待されている。


 俺とアリシアが同時に入学したというニュースは界隈をザワつかせることになった。


 勇者が覚醒し、同時期に俺とアリシアがいる、その結果魔王討伐の話が持ち上がったのだろう。頭が痛い話である。


「珍しいね。外に居るなん……って、また徹夜してたでしょ!クマ凄い事になってるじゃない!」


 彼女は澄んだ水色の瞳でこちらを見つめてきたと思いきや、頬を膨らませて俺へと注意する。


「まだ二徹だ。問題ない」

「まだ……って、はぁ。どこからどうみても問題よ!」


 依然として膨れっ面の彼女は短い詠唱を始め、回復魔法を俺に放つ。金色の光が俺を包むと眠気がほんの僅かマシになった…ような気がする。


 それで満足したのか、彼女は何事もなかったかのように話始めた。


「そういえばさ、王室から勇者一行に加わるように、っていう手紙届いてたよね?もちろんカテラも参加するよね?」

「あ、ああ……も、もちろんだよ……」

「なんか顔色悪いけど大丈夫?もしかしてさっきの回復魔法失敗した……?」


 そう心配する彼女に対し、問題ないよと答えるも俺は内心冷や汗をかいていた。


 計算外だった。俺に手紙が来るのであればアリシアに来ることも予想できたはずだ。これからどうするのかを考えるあまり頭から抜け落ちていた。


「そう?それじゃあ学長に報告しに行こ!!」


 彼女は俺の手を取って学長室へと駆ける。

 もう腹をくくるしかない。


 レアル・レイノール学長に王室からの手紙が来たことを話すと、「なんと喜ばしいことでしょう!」と嬉しそうだったが、偶然居合わせた彼の娘であり後輩である、エルトは少しうつむいて黙っていた。


 いつもであれば俺の顔をみた途端顔色を変える彼女の変わった反応はさておいて俺は学長にある提案をする。


「学長。俺は魔王討伐までに魔法を極めたいと思っています。不躾なお願いであることは重々承知しておりますが、研究室を一つ貸していただけますでしょうか。お願いします!」


 そう言って勢いよく頭を下げる。

 返事は快諾。研究室だけではなく、図書室にあるすべての蔵書も借りることができた。


 学長室から出た俺はアリシアと別れ研究室に籠る。そしてある決意を胸に刻む。



 ――――環境は整った。あとはこの3年間で魔法を使えるようにするだけだ。

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