シスター・セリカの吐息
羽間慧
第1話 シスター・セリカの吐息
主よ、哀れな御魂をお救いください。
今日も告解室に入る者が現れる。
「誰にでも他人に言えない悩みがありますよね。嫉妬、廃課金、愛想笑いで隠した本音。神父様は、そんな悩みと縁のない生活をされているのでしょうが。どうか、悩める子羊を導いてください」
私は格子越しに笑みを浮かべた。
シスター見習いで良ければ。神父はお昼寝中なんです。
なんて、素直に言える訳がない。思いつめた信者を苦しみから解放させたかった。鼻をつまみ、低い声で話を促す。
「僕には彼女がいます。二次元ではなく、現実世界の。バイト先で出会った年上の方です。いつもデートはおごってくれて、僕が払おうとすると怒るんです。割り勘でさえ断られました。学生のうちは勉強に使いなさいって。誕生日プレゼントを買うためにシフトを増やせば、エナジードリンクを渡してくれるほど優しい人です」
素敵な人と巡り会えたのですね。喜ばしいことです。リア充爆ぜろ。でもって、末永く幸せになりやがれ。
こほん、心の声が少々すさんでしまいましたわ。シスター・セリカ、落ち着きましょうね。私は自分を戒める。
「えぇ、彼女に依存しすぎていることは分かっています。優しさに甘えすぎていることも。だから、彼女の願いは全て叶えてあげたい。未成年にできることは限られているけど。好きだよ、愛してるって毎日欠かさず伝えてきました。面と向かって言うのは恥ずかしいものの、満面の笑顔が見られるならお釣りがくる。言葉責めしてほしいと頼まれるまでは」
ふおお、彼女さん積極的です。年下ワンコ系男子が急にSっ気出すの堪らないですよね。俺だけに可愛い顔を見せてとか、いい声で啼けよとか。庇護欲の塊だった普段のギャップありすぎて、おねーさんは陥落させられます。
まぁ、信頼関係と適切なシチュエーションがなせる技ですけど。多用しすぎると百年の恋も冷めますわ。
恋に酔っていたと気付いたときの虚無感。あの気持ちになると、どんな言葉もウザく聞こえてしまいます。後腐れしない別れ方ばかり考えて、イチャイチャしていたころの自分が間抜けに思えるのです。恋愛は良くも悪くも別人にさせてしまう禁断の果実です。かじるなとは言いませんが、嗜むなら適量で。
はっ。私としたことが。信者さんの話を聞き流してしまいました。主に取り次がなければいけない内容ではありませんように。
彼は気付かないまま自分語りをしていた。いい加減、罪を告白すればいいのに。
「限界なんです。彼女に向ける言葉は本心でも、ドラマのセリフや歌詞の力を借りただけ。かっこいい彼氏を演じることに疲れてしまいました。彼女は僕が作り上げた幻想に夢中になっているだけなんです。大好きだった彼女の笑顔が辛い。僕は偽の仮面をいつまで付けていなきゃいけないのでしょうか」
やっと本題が来ました。前置きが長すぎる人は大嫌いです。彼の優しさに免じて、お言葉を伝達しましょう。
「彼女はあなたの気遣いを知らないはずです。好きな人が自分のために苦しんでいることを知れば、悲しむかもしれません。ですが、あなたは正直に伝えるべきです。本当に愛しているのなら、偽りの仮面なんて不要でしょう。尽くしすぎてはいけません。出会いに感謝して、謙虚に過ごしなさい」
「ありがとうございます」
彼は祈りを捧げた。心のつかえは消えたようだ。
あぁ、どうか彼らの交際がうまくいきますように。願わくば当教会で結婚式を。そして、新婦の投げるブーケを掴み取りたいっ。
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