03 河原のアン

それは土曜日の午後のことです。


昼ごはんを食べ終えたビビはいつものように

母のティナからおつかいを頼まれ、

ドラッグストアに日用品を買いに出かけました。


普段から家の手伝いをして

ビビも慣れたものですが、

今日はいつもと違います。


サクラ家に同居することになった

『赫き暗黒からの使者』と名乗る

モップ状の居候、アンが一緒でした。


「あれ?」


ペーパータオルにボックスティッシュなどの

大きくて軽いものを買い終えたところ、

ビビは店内でアンを見失いました。


――もしかして迷子なんじゃ…。


ビビは不安を懐きましたが、

その心配は無駄でした。


なにせ自立するモップはよく目立ちます。


「こんなとこにいた。」


「ビビ、これは?」


レジから少し離れたアイス売り場で、

アンはジッと商品を覗き込んでいました。


「アイスだよ。今日は買わないよ。」


「アイス…。氷?」


「氷菓子。食べたことないの?」


「なるほど、氷のお菓子か。

 地球の調査対象だ。

 ビビはどれが好き?」


「え? なんの調査?」


「わがはいは地球を調べる必要がある。

 『相手を知るには、言語と文化と胃袋から』

 と言い伝えられるくらい、食べ物は大事だ。」


「テキトーなこと言ってない?

 買わないって…。」


おつかいの駄賃を使わず貯め込んでいるビビは、

アンがとても興味深く眺める美味しそうな

パッケージに目移りしてしまいました。


目を背けて、固く目をつむります。

しかし欲望には抗えませんでした。


アンもつんとした目を輝かせています。


「しょうがない。ひとつだけならいいよ。」


「ではわがはいは、これを所望する。」


「なんで6個入り選ぶの。」


ビビが選んだのは箱に入った

色とりどりのカップアイスでした。


「みんなで食べられる。」


「そんなにお金ないから。」


「お金か…。

 ではこちらだ。」


「んんー?

 まぁ、…これならいいか。

 これでいいの?」


意外に思ったビビの忠告に、

アンは気にせずうなずきます。


アンが選んだのは、先程のカラフルな

カップアイスのセットとはガラリと変わって、

コーヒー味と書かれた地味な茶色の袋に入った

2個のチューブ型のアイス。


「これなら、わがはいとビビ、

 ふたりで分けられるぞ。」


「お金払うのあたしだけどね。

 これ持ってて。買ってくるから。」


家までの帰り道に

河川敷を歩いていると、

アイスをくわえたアンが

川に気を取られて堤防から

川縁に転げ落ちました。


ビビも慌てて駆け寄ります。

アンに預けたペーパータオルが心配です。


「ねぇ、大丈夫?」


「見ろ、ビビ。

 石がある。いっぱい。」


草だらけになった赤いモップが

つぶらな瞳を輝かせて言いました。


「石?」


「見て、すごい、全部丸い。

 パラノーマルフェノメノン。」


アンはアイスを口にくわえたまま、

小さな石をたいそう珍しそうになでました。


「まぁ、川だからね。」


「そうか、川か。これが地球の川。」


上流にある岩や大きな石が大雨で流されると、

砕けてカドがなくなり、中流の河原には

こうした丸い石が集まります。


呆然と川を眺めるアンに、

ビビは不思議に思います。


――宇宙に川はないのか。


「ビビ、この石、全部持って帰ろう。」


「そんなのどこにもあるから、いらないよ。」


「ではビビの部屋にも石ある?」


「いや、ないよ。普通ないけどさ。」


「ないか。」


アンは石を全て持って帰りそうな勢いで、

両腕に抱えています。


「こういう石は、遊び方があるんだよ。」


ビビはそういって、

アンの抱えた石をひとつ手にします。


周囲に人がいないことを確認し、

平らな石を地面と水平にして横手投げ。


石は川に落ちず、川面を切って

3回ほど飛び跳ねました。


「あれ、ぜんぜん飛ばなかった。」


「おぉ。すごい。マジックか?

 ビビ、なにやったの?」


ビビには納得のいかない結果でしたが、

予想に反してアンは興奮していました。


「魔法じゃないよ。

 その前に石ぜんぶ置いて。」


「そんな…。」


アンは両腕に抱えた石と惜別し、

それからビビが平たく薄い石を手渡します。


「こういう薄い石でよこに指をかけて持って。

 まわりに人がいないのちゃんと見てから、

 横に投げるんだよ。こんな感じで。」


もう一度投げた石は今度は4回ほど跳ねました。


見様見真似でアンも投げます。

長い腕を目いっぱいに振って投げた石は、

8回以上も水面を切って沈むように落ちました。


「すご…。」


「すごい。できたぞ。」


投げたアンも一緒になって驚きました。


水面を切った回数が多く、教えた側のビビは

簡単に追い越されたのがなんだか悔しくて、

よさそうな石を見つけては繰り返し投げました。


アンはビビの様子を見ながらアイスを食べて、

気になる石を物色しています。


「ビビ、もう帰ろう。」


アンが呼びかけたころ、

日はすっかり傾いていました。


「これ最後だから。」


そう言ってビビが投げた最後の石は、

水流に飲み込まれて跳ねずに終わりました。


これにはビビもアンもがっかり。


「明日! また明日来よう。」


「えー? ビビも石集めるか?」


「え? 集めないよ。」


「集めないか…。」


互いの要望が一致しなかったので、

翌日は川に行くことはありませんでした。

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