第132話「切り返し」
不可解な表情で?マークを飛ばす騎士隊隊長、クリストフ・シャレット伯爵を、
複雑な表情で見つめるディーノ。
一体どうやってこの危機を回避しようか、
必死に考えていた。
「…………」
「…………」
無言のディーノとクリストフ。
沈黙が、ふたりきりの馬車の車内を支配した。
しばし経って……
先に口を開いたのはディーノである。
「伯爵様……」
「何だ、ディーノ」
と、尋ねるクリストフに対し、衝撃の答えが戻された。
「折角のありがたいお話ですが、全ての件を辞退させて頂きます」
「な、な、な、何ぃ~っ!? じ、じ、じ、辞退って!? な、な、何故だあ~~っ!!!」
クリストフが大きく噛むほど、驚くのも無理はない。
もしも自分がディーノの立場であれば、こんなに素敵な話はないと、
すっかり信じ切っていたからだ。
しかしディーノは興奮した様子もなく、淡々と告げる。
「はい、全てはステファニー様の為です」
落ち着いた様子で、きっぱりと言い切ったディーノ。
「ス、ステフィの為って!? どどど、どういう意味だっ!」
対して、戸惑い混乱するクリストフ。
対照的なふたり……
「はい、俺はポミエ村で、ステファニー様が王都へ来た目的をお聞きしました」
「それは私も聞いた! ステフィがフォルスから、わざわざ王都へ来たのは、ディーノ、お前と結婚する為だろうが!」
「はい、それもある、とお聞きしました」
「な、何ぃ? それもある? だと」
「はい、ステファニー様が王都へいらっしゃったのは、お父上のルサージュ辺境伯様の跡を継ぎ、女子の身で当主になる為だとお聞きしました」
「むうう……そう言えば、確かにその件も言っていた」
クリストフが納得し、同意した。
「ここが肝心!」「勝負どころだ!」とばかりに、
ディーノは言葉に熱を加味し、力説する。
「はい! 平民の俺なんかとの結婚よりも! ステファニー様が、女性辺境伯になられる方が最優先、重要かつ本題だと思いますっ!」
ディーノの主張はまさに正論。
だと、貴族側の考えに立つクリストフは感じてしまう。
「う、ううむ……それは確かにお前の言う通りだな」
「俺には詳しい事情が分かりません。ですが、伯爵の上席でいらっしゃる寄り親のベルリオーズ公爵閣下へお会いして懇願すると、ステファニー様は仰っていました」
「うむ……手続き上、確かにそうなる。ステフィが辺境伯となるには、願いを受けた寄り親の副宰相の公爵閣下から、陛下の弟君でいらっしゃる宰相ジェルヴェ様へお伝えし、最終的には国王陛下へご了解を取る、という形になるのだ」
「で、あれば! 提案致します!」
「て、提案?」
「はい! ポミエ村における今回の功績全てを、『ステファニー様ご自身のモノ』とすべきです。俺ディーノ・ジェラルディは単に『一兵卒』として戦いに参加したという形であれば、宜しいかと思いますっ!」
「ふうむ……」
「若輩ながら、一隊を率いてゴブリンの大群と戦い、大功を立てたステファニー様の覚えはめでたく、公爵閣下へお願いもしやすい……で、あれば! ルサージュ辺境伯家当主となる話が許可される確率も高くなる、という推測です」
「うむ……ディーノ、確かにお前の推測は正しい。……言う通りかもしれん」
「はい! ご報告において! 俺などという余計なバイアスは一切不要です!」
「りょ、了解だ。まあ……ステフィとの結婚話は後回しにするとして……お前自身はそれで良いのか? ディーノ」
「はい! 俺は手柄など不要です。それとやっぱりステファニー様に、俺は全く不似合いです。礼儀作法も知りません。だから貴族や騎士になるのも無理ですよ」
「うむむ……」
「今のまま平民で、気楽な冒険者というポジションの方が合っています。結婚相手も相思相愛な、ここが特に大事だから、強調して繰り返します、分相応で相思相愛な! 平民の女子を! 自分で探しますっ!」
「むうう……お前にステフィとの結婚の意思が全くない事は良く分かった。しかし、お前の強さを王国の為に役立てないのは……とても残念だ」
「いえ、伯爵様とはせっかくご縁が出来ましたから、これ限りというのではなく、今後は、気楽に声をかけてください。何かあれば騎士隊の食客という立ち位置で、誠心誠意、働かせて頂きます」
「それは大いに助かるな……冒険者のお前を騎士隊が雇うという形になるのか……」
「その通りです! ステファニー様へは伯爵様から、宜しくお伝えくださいっ!」
「お、おう……」
「念を押させて頂きます。俺は『結婚する意思が全くなし』と間違いなく伝えて頂き、しっかりとステファニー様からあきらめるようご了解を取って頂ければありがたいのですっ!」
「わ、分かった……了解した」
「ご厚意、心から感謝致しますっ、伯爵様!」
良かった……
切り返す事が……出来た。
クリストフへ、元気よく礼を述べたディーノは、
笑顔で平静を装っていたが……
心の中ではどっと疲れ、安堵のため息を、大きくついていたのである。
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