第49話「幽霊の遺産①」

冒険者ギルドマスター、ミルヴァ・ラハティの依頼を見事に完遂……

大金を得たディーノは、再び冒険者ギルドへ、ネリーを訪ねていた。


事前に予約した上、丁度ラッシュが終わった頃、午前10時に行くという気の遣いようだ。


ネリー曰はく、次に受諾を検討する依頼も、発注元はサブマスターのブランシュだから、他の冒険者が横入りする事はない。


それに内容を聞いた上、受けるか考えたら良いと言われているディーノ。

万が一折り合わなければ、ネリーがキープした他の依頼を検討しても可だとの事。


今朝は、飛竜亭を出る際に、いろいろあって少し遅れてしまった。


ディーノが急ぎ足で、ギルドへの道を歩いていると、

いきなり目の前に「すたっ」と、黒猫が軽業師のように降り立った。


どこかの民家の屋根か何かで寝ていたのだろう。

黒猫は、全身がばねのようであり、相当敏捷びんしょうそうだ。


ディーノが足を止めると、黒猫はちょこんと石畳の道の真ん中に座り、

じ~っと、こちらを見つめている。


「おいおい、猫君、そこに居ると邪魔だし、馬車でも来たら危ないぞ」


ディーノが近寄っても、傍を通っても何故か黒猫は逃げない。

相変わらず、真っすぐにデイーノを見つめていた。


と、その時。


リンゴ~ン!

リンゴ~ン!


中央広場大魔導時計の鐘が大きく鳴った。

午前10時を報せる時報である。


「ヤバイ! 遅刻だ!」


ディーノは小さく叫ぶと、彼を見つめる黒猫に構わず、

脱兎の如く、駆けだしたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


急いだのだが、鐘が鳴った時点で既に遅刻は確定。


ネリーはやはり……怒っていた。


でも、よく見れば目が笑っている。

なのでディーノはホッと息を吐き、安堵した。


「こら! ディーノ君、10分の遅刻よ」


「す、すみません」


「冒険者にはだらしない人が多いわ。だからこそ、ちゃんと時間を守る人は得点が高いの。時間厳守は好印象になるから忘れないように」


「りょ、了解です。肝に銘じます」


という厳しくも厚意に満ちた注意こそあったが、

ネリーはそれ以上責めなかった。

一転、満面の笑みを浮かべると、ディーノを祝福してくれる。


「改めて、初依頼の完全遂行おめでとう! いろいろな人から言われたでしょうけど、本当に良くやったわね」


「いえいえ」


「合わせて、ランクBに昇格もしたんだものね」


「はい、お陰さまで、ネリーさんのお力添えの賜物です」


逆にディーノが持ち上げると、ネリーは嬉しそうに微笑む。


「うふふ、ありがとう。そう言われるとやりがいがあるわ」


「これからも宜しくお願いします」


「こちらこそ! じゃあ、続いてサブマスター、ブランシュ・オリオルさんの直依頼の説明をするわね」


「は、はい! お願いします」


「サブマスター、ブランシュの依頼は探索調査よ」


「探索調査? じゃあ王都郊外でどこかの遺跡か、洞窟の探索調査ですか?」


ディーノは完遂したばかりの依頼を思い出した。

山賊バスチアンの本拠は放棄された旧い時代の砦だった。

 

もしも遺跡の探索調査ならば、近い内容かもしれない。

そう考えた。


しかしネリーは笑顔のまま、首を横に振った。


「ぶっぶ~、不正解。違いまぁ~す」


「不正解ですか? じゃあ……以前ネリーさんが仰っていたどこか謎めいた未知の領域とやらですか?」


「ぶっぶ~、それも違いま~っす」


想定していた答えがことごとくハズレと言われ……

ディーノは依頼内容や場所のイメージが全く湧かなかった。

もう首を傾げるしかない……


「う~ん……」


「ねぇ、ディーノ君、どこだと思う?」


「わ、分かりません」


「正解は……王都よ」


「お、王都ぉ!?」


正解の場所は予想だにしなかった。

まさに灯台下暗し……

ディーノ自身が住む王都ガニアンだったのである。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


引き続きネリーの依頼説明が、為されている。


「ディーノ君、サブマスターから来たこの案件、元々の依頼主は、ラバン商会のブノワ・ラングラードさんよ」


「え? ブノワさんが?」


「へえ、ブノワさんを知ってるの?」


「ええ、フォルスから王都へ来る時に一緒でした」


ディーノの目が遠くなる。


王都ガニアンへ来るまでの道中はとても楽しかった。

それはブノワのお陰である。


「ふうん、この依頼がディーノ君へ来たのも何かの縁かもね」


「ですね! 受ける事を前向きに考えたいので、詳細の説明をお願い出来ますか?」


「OK! じゃあ改めて説明させて頂きます。探索調査の場所は貴族街区の旧ブルダリアス侯爵邸よ」


「ブルダリアス侯爵って名前は父から聞いた事があります。とっても偉い貴族だって」


「ええ、偉い貴族だった人ね」


「だったって……過去形ですか」


「ええ、少し前に……亡くなったの、現在、旧ブルダリアス侯爵邸は幽霊屋敷と呼ばれているわ」


 ネリーによれば……

 探索場所のブルダリアス侯爵邸はいわくつきの場所らしい。


「ゆ、幽霊屋敷? な、何ですかそれ?」


「そう呼ばれるようになった経緯いきさつを話すわね」


「ぜひお願いします」


「了解! ディーノ君がフォルスで暮らしている頃、王都でちょっとした事件があったの」


ディーノがフォルスにて暮らしていたのは約2年ほど前である。

その間、どのような事件があったのだろうか?


「ちょっとした事件?」


「ええ、王国軍総括担当のブルダリアス侯爵がクーデターを企てたという反逆罪の疑いで逮捕され、問答無用で投獄されたわ」


「そんな事件があったのですか?」


「ええ、結局ブルダリアス侯爵は裁判を行う前に獄死したの。でも……ずっと無実を訴えていたんだって」


「その侯爵様、もしも無実なら、お気の毒ですね……」


「そうね……もし無実ならね。……冤罪えんざいだから」


冤罪とはいわゆる濡れ衣……無実なのに罪をかぶせられてしまう事だ。

死罪になった侯爵ほどではないが、ディーノも散々冤罪を負わされた。

当然負わせたのはステファニーである。


「…………」


「……依頼内容の説明に戻るわね。ブルダリアス侯爵亡き後、王国は侯爵の全財産を没収した。担当者は全てを売却し、現金に換えた」


「…………」


「屋敷は競売にかけられ、ラバン商会が購入した。場所は良いから縁起の悪い屋敷を取り壊し、更地にして転売しようという腹積もりね」


「成る程……だんだん話が見えて来ました」


「ええ、それで専属の不動産鑑定人を連れ、ブノワさんは屋敷の調査に行ったの」


「その時……出たんですね?」


「ええ……出たのよ、ブルダリアス侯爵の幽霊が……」


「…………」


「ブルダリアス侯爵の幽霊を見た鑑定人はその場から恐怖で逃げ出し、ブノワさんも倒れて、原因不明の体調不良で、3日間寝込んだらしいわ」


「…………」


「ディーノ君は旧ブルダリアス邸へ出向き、邸内の確認をするだけ、それで金貨50枚」


「金貨50枚か……王都の貴族屋敷で邸内確認のみで、結構素敵な金額ですね? それで肝心の幽霊はどうすれば?」


「念の為、幽霊を退治しろという依頼ではないわ」


「成る程……」


「でも……今後幽霊が出なくなったら、確認の上、ブノワさんは別途金貨50枚を払うそうよ」


「…………」


「凶悪な山賊バスチアン一味をあっさり倒すディーノ君だって、さすがに幽霊は怖いでしょ? 断る?」


「いえ、お断りしません、お引き受けします」


話を全て聞き、ディーノは依頼を引き受ける事にした。

ブランシュが紹介してくれただけではない。


ディーノには予感がするのだ。

何か特別なイベントが起こりそうな予感が……

それは彼にとって、ロランとの出会い同様、

糧になるものだと、心の内なる声が教えてくれていたのである。

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