第47話「取り引きと抱っこ①」

ディーノは「つかつか」と歩き、マドレーヌ、

そして法衣ローブ姿の女性が一緒に座ったテーブル席の前に立った。

 

マドレーヌは相変わらず顔を伏せていた。

ディーノと目を合わそうとはしない。


改めて見れば……

同席する法衣姿の女性はマドレーヌより更に少し年上らしい。

 

つまりディーノよりはずっと年長であり、

7歳ぐらい年上、22、3歳の女性だと思われる。

 

だがディーノは年上でも、けして遠慮してはいけないと決意していた。

マドレーヌと相対あいたいした事で完全に学習していたから。

……このような時は、単刀直入に問い質すに限ると。


「おい、どういうつもりだ?」


マドレーヌへの時同様、ぞんざいな聞き方をしたディーノを、

法衣姿の女性は睨み付ける。

しかし……

少しがらっぱちな?マドレーヌよりは、言葉遣いがだいぶ丁寧且つ綺麗である。


「ほう、貴方がディーノ・ジェラルディですね?」


「ああ、そうだよ」


「……老婆心ながら言っておきますが、目上の者に対し、そのような口の利き方は宜しくありませんよ」


「はっ、それがどうした?」


反抗的に言葉を返したディーノを見て、女性は鼻で笑った。


「ふっ、貴方は最初から喧嘩腰けんかごし、この私と正面切って争うつもりなのですか?」


しかしディーノは全く臆さない。

女性の言葉を敢えて無視した上で、更に問い質す。


「……おい、念の為、聞こう。俺に婚約者が居るなどという根も葉もないデマを広めているのはお前なのか?」


「婚約者が居るデマ? 私は全くデマだと思っていませんが」


女性はマドレーヌ同様、否定した。

おそらくは……

ステファニーが寄越した手紙に記された主張を盾にしているのだろう。

 

ここでディーノは、女性と同席しているマドレーヌへ呼びかける。

何かピンと来たようだ。


「……マドレーヌ」


「…………」


「お前……こいつに全てを白状させられたな? 俺との絡みとかさ」


ディーノは問いただしたが、マドレーヌは答えず無言である。


「…………」


「まあ、良いよ。お前の顔付きで俺には大体事情が分かる、わざとばらしたのではないとね」


言葉遣いはぞんざいだが……

ディーノは至極冷静で、激してはいなかった。

 

ああ、良かった。

彼、怒っていない……

それに私の事情を想定して、気遣いまでしてくれている……


ディーノの指摘を聞いたマドレーヌは安堵し、更に小さな声で謝罪する。


「……ご、ごめんなさぁい」


「ノープロブレム。大丈夫だ、安心しろ。こういう場合でも俺は約束を守る」


「え? 約束を守る?」


「おう! ようは、この馬鹿丁寧に喋る『嘘付き女』を黙らせれば良いのだろう?」


「待てっ! わ、私が! かつては創世神様に仕えた敬虔けいけんなる私が! う、嘘付き女ですって!? 失礼な!」


 ディーノの物言いを聞き、法衣姿の女性が切れた。

 怒りから、キッと睨んで来る。

 しかしディーノはやはり臆さない。


敬虔けいけんなる私? ははは、根も葉もない大デマを流しておいて良く言うよ」


「な、何ですって!」


「お前が元聖職者というポジションらしくない、とんでもなく大嘘付き女だから、敢えてはっきりと言ってやったんだ」


「な! 大嘘付き女!? し、し、失言を撤回しなさい、そして私を侮辱した罰としてこの場で土下座しなさい!」


「スルー! 全然悪いとは思ってない! だから、俺が土下座する必要などなし! お前こそ、俺へ深く懺悔ざんげしろ! 心から悔い改めよ!」


「な!」


ディーノから、断固として謝罪を拒まれ、言葉で突っ込まれて絶句する女性。

だが!

ディーノの反撃は止まらない。


「こういう事もあろうかと思って、お前達鋼鉄の処女団アイアンメイデンメンバーの身元や日頃の行状を調べておいた」


「な、な、何ですって!」


女性は驚く。


だが、今のディーノの言葉も『偽り』である。


多忙であったから、そんな事を調査する時間もなかった。

下手に嗅ぎまわればいろいろと問題の原因ともなる。

それに、このような微妙な調査に見ず知らずの人間を使うほど、

ディーノは愚かではない。

 

尤もらしく言ったのだが、ネタを明かせば……

本当はロランから伝授された必殺の読心魔法を使い、

女性の心を素早く読んだのである。


この女性は……マドレーヌから聞いた、クラン鋼鉄の処女団アイアンメイデンのメンバーである。


「お前の名はな、ジョルジエットだ! フルネームはジョルジエット・オビーヌだろ? クラン鋼鉄の処女団アイアンメイデン所属メンバーで回復役ヒーラーだ」


ズバリ、フルネームと所属先及びポジションを指摘したディーノであったが、

女性……ジョルジエットに動揺した様子はない。

もしかしたら、開き直っているのかもしれない。


「ふんっ! それがどうしたというのです? 貴方が私の名前と所属クラン、及びポジションを知っているだけでそんなに偉そうな顔をしないでくださいな。どうせこのマドレーヌから聞いたのでしょう?」


「むう、そうかい」


「笑止! 冒険者はね、むしろ名前を売ってこそが、はななのですよ」


「ふむふむ 笑止ね。名前を売ってこそが、はなか。言うじゃないかよ」


「ふっ、そんなの常識でしょう? それ故、名前が知られるに越した事はないと思いますがね」


「成る程、道理だ。確かにお前の名前だけはマドレーヌから聞いた。でも俺が調べ上げたのは所属クラン名とポジションだけではないぜ」


「な、何よ!」


調べ上げたのは、所属クラン名とポジションだけではない。

そう聞いて、何故かジョルジエットは動揺する。

何か後ろめたい事でもあるのだろうか?


と、ここでディーノはマドレーヌへ問う。


「おい、マドレーヌ、ひとつ聞こう」


「な、何?」


「先日、お前から聞いた話だ」


「き、聞いた話?」


「ああ、クラン鋼鉄の処女団アイアンメイデンは男子禁制が文字通り、鋼鉄のモットー。クランメンバーに男性冒険者を入団させる事が厳禁なのは勿論、男性と組んで依頼をこなすのも絶対にNG。加えて、プライベートにおいてもデートなんか、もってのほかだと聞いたが……間違いないか?」


ディーノから聞かれ、マドレーヌは大きく頷く。


「うん! 間違いないよ。結成時にロクサーヌ姉御が造った、クラン名通り、『鋼鉄の団規』だから」


「じゃあ、その『鋼鉄の団規』を破った者はどうなる?」


「ええっと、罰則は簡単明瞭よ。他のクランメンバーに絶対服従の奴隷となって1週間、何でも言う事を聞くの」


マドレーヌから団規違反の罰則を聞き、ディーノはにやりと意味ありげに笑う。


「ほうほう! そうか! ならばここに奴隷がひとり居る」


ディーノはそう言うと、

眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな視線を向けて来るジョルジエットを、

「びしっ」と指さしたのである。

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