第41話「山賊退治⑦」

『戦友』ケルベロスを従え、ディーノは警戒をおこたらず、砦内へと入った。

 

砦内は「しん」としていた。

おそるおそる辺りをうかがえば……

ふたりを襲って来るような敵は居なかった。

それどころか、動くモノさえ見当たらない。


ディーノは改めて周囲を見回した。

砦は入ってすぐ、目の前が広場のようになっている。

 

右奥には大勢の人間が寝泊まりする長屋のような家屋が建ち並んでいた。

またその反対側の左側には武技の訓練をする為の施設なのか、

人の形をした標的がいくつか立っており、矢が突き刺さっているものもあった。


その広場には予想通り……

ケルベロスの凄まじい咆哮で気絶した山賊達が散らばるように倒れていた。

まるで大嵐で岸辺に打ち上げられた魚のように動かぬ身体を不規則に並べている。


数えてみないと正確には分からない。

だが、地に伏す山賊どもは、ざっと見て40~50人くらいであろう。


『ふん、とりあえず作戦通り雑魚さこどもは放置だ。標的ターゲットたる首領ボスのバスチアンを最優先で探そう』


『了解』


『ふむ、動く人間の気配を感じるぞ。まずは、あの司令塔を探すか。あの中には必ず首領の部屋がある』


『だな!』


ケルベロスが顎で指し、捜索を提案した司令塔は、最奥に立つ砦内では最も高き塔である。

砦のかなめともいえるその石造りの塔は、旧き重厚な趣きではあったが、

長い年月の経過により、所々崩れて落ちていた。

元々は王国軍の司令官が指揮を執る塔であったが、

打ち捨てられ、このような山賊が巣食う場合、首領が陣取る事が多いと言われる。


そびえる司令塔を見て、ケルベロスが皮肉っぽく鼻を鳴らす。


『まあ、馬鹿と煙は高いところへ上るというからな』


ケルベロスがまた難しい事を言う。

今の言葉は格言か、ことわざらしいが、

ディーノには全く聞き覚えがなかった。


『何それ? ことわざ?』


知りたいと思ってディーノが尋ねると、

ケルベロスはあからさまに不快な表情をした。


『はっ、知らんのか?』


『ご、ごめん!』


ここは謝った方が良い。

とっさに判断したディーノは、両手を合わせた。

軽く頭を下げる。


そんなディーノを見て、ケルベロスはすぐ機嫌を直してくれたらしい。


『仕方がない、教えよう。……簡単に言うとだな、愚か者と煙を比喩ひゆした例えだ』


『愚か者と煙?』


『愚か者は己が落ちる危険を全く考えず、仕事でもないのに危険な高所へやたら上りたがる。煙も同じだ、ひたすら高く上がるだろう?』


ケルベロスの説明は分かり易かった。

ディーノはようやく言葉の持つ意味を理解した。


『あ、ああ、そうか! 納得』


『たわけめ! 今後の事もあるぞ、少しは勉強しろ!』


『りょ、了解!』


ディーノはバツが悪そうに頭を掻いた。

辛らつだが……

面倒見の良いケルベロスは、師ロランとはまたタイプの違う兄のような存在だ。

 

気のせいかもしれないが……

徐々に対応が柔らかくなっているのは、ディーノが甘えているのを感づいている証拠だろう。


先ほど喧々諤々けんけんがくがくした実弟のオルトロスとの大喧嘩も、よくよく考えればお互いの深い愛情を感じる。

喧嘩するほど仲が良いという言葉もあり、さすがにこれはディーノも知っていた。


『ふっ』


つい思い出し笑いをしたディーノに対し、相変わらずケルベロスは容赦ない。


『ディーノ! 「にやにや」している場合ではない。さっさとバスチアンを捜し当て、確保し、撤収するぞ』


『りょ、了解!』


『荷馬車と共に待つオルトロスと合流し、王都へ帰ったら、即ギルドへ報告。ギルドから応援を手配して貰うか、……そうだな、騎士隊か、衛兵隊を呼んで貰うのも選択肢のひとつだ。こいつらを回収して貰う』


『そ、そうだな』


『殺すのなら問題はない。だが俺達たったふたりで運ぶのは難儀しよう。この数じゃ処理し切れんだろ?』


『だな! って、そうだ! 俺、良い事思いついたよ』


『何だ? 良い事って?』


『今、ケルベロスの提案で思いついた。でもまあ……とりあえずバスチアンを確保しようか』


ディーノには何か妙案が浮かんだらしい。

ケルベロスは満足そうに頷いた。


『ふむ、少しは頭を使ったか? 必ず後で聞かせろ。では……行こう!』


『了解!』


こうして……

ディーノとケルベロスは司令塔へ向かったのである。 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


司令塔の周囲にも……

気絶した山賊達が数多あまた倒れていた。


ディーノは思う。

魔獣ケルベロスが居たから、山賊どもを蹴散らす事は出来た。

しかしいくら何でもこの依頼はひとりの仕事としては相当無理があったと。

ましてや、デビュー前の未熟な自分ひとりでは到底無理だったと。

 

で、あれば多分ネリーが勧めてくれた、

応援クランか、協力者を手配するのが良い方法であったのだろう。

それが依頼して来たギルドマスター、ミルヴァの思惑だとすれば……


ここまで考えて、ディーノは首を振った。

 

今は他の事を考えている場合ではない。

まず完遂しなければならぬ依頼がある。

首領バスチアン確保という第一優先の依頼が。


そんなこんなで、ディーノとケルベロスはらせん状の塔内階段を上がって行く。

やはり内部も所々壁面が崩れていた。

完全に老朽化しているので、間に合わせ程度にしているのであろう。


ここまで来ても反撃して来る者は居ない。

伏兵が潜んでいる気配もない。

山賊の殆どが戦闘不能か、逃亡したのは間違いない。


但しケルベロスが言うように塔内には人間の気配を感じる。

それも複数だ。


最上階に……人が居る。

放たれる波動で、そうディーノは確信する。

間違いない!

……バスチアンと護衛だと。


ケルベロスは危惧したが……

結局、バスチアンは逃げてはいなかった。

長年かかって己が築き上げた帝国――

この砦と山賊団に大きな未練があったのだろう。

だから命を懸けるつもりで残ったに違いない。

 

今のバスチアンは、危険極まりないだろう。

例えるなら、追い詰められた手負いの獣なのだから。


改めて気合が入ったディーノは、腰から提げた剣のつかに手をかけた。

何となく己の戦法が見えて来る。


自分は剣だけでは戦わない。

そう、剣と格闘をミックスした戦い方をしよう。


実はそれが、あのステファニーの戦い方でもある事を、

敵を目前にし、緊張した今のディーノには気付くはずもなかったのだ。

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