第7話「姉としての餞《はなむけ》を」

ディーノは朝食を食べ終わると、商隊のリーダー、ブノワから呼ばれた。

王都への出発が1日延びたという連絡だった。


後片付けをし、ディーノは椅子から立ち上がった。

夢の中で出会った亡きロランから贈られた形見、

魔法の護符――銀製のペンタグラムが、同じく銀製の鎖で首からぶら提げられている。


ブノワの部屋を訪れ、改めて内情を聞けば、新たな仕入れの商品を購入する為……

ジェトレ村の取り引き先に対し、交渉及び実務が発生したという。


ディーノは専門用語を交えた商売の話をブノワから聞いて、面白かったし興味も 徐々に出て来た。


一応冒険者を目指そうと考えてはいる。

だが、将来への道はまだまだ決めていない。

それに商人をやるのも面白いと思ったのだ。

 

父の跡を継ぐ事に敢えてこだわらない。

必ずしも冒険者に固執する事はないと思う。


それにブノワの話では、他の仕事と兼務で商売をしている者も多いらしい。

いわゆる兼業である。


どのような仕事も、その道を究める事が厳しい事だと理解はしている。

だが、ディーノはまだ若い。

複数の夢を同時に目指しても構わないと、

いろいろ試してみて試行錯誤するのも仕方ないとも考えていた。


幼馴染?のステファニーからようやく解放された今、

じっくり将来の事を考えて行きたいと思う。


また……

夢の中で亡霊のロランから告げられた『導き継ぐ者』に関してはいまいちピンと来ない。

英雄と称えられる称号とか、あまりにもスケールが大きすぎる話だ。


一応夢と期待はあり、ワクワクはする。

しかしあまり夢を見過ぎても、期待し過ぎても、

上手く行かなかった時に落胆が大きい。


あれだけ親身になってくれたロランを信用しないわけではない。

でもこちらはあまり入れ込まず話半分くらいとし、認識しておくだけとした。


いろいろと「つらつら」考えるディーノであったが、突如ブノワが声をかけて来る。


「おい、ディーノ。これから取引先へ出かけるけど一緒に来るか? 商人を目指すなら良い勉強にはなるぞ」


「は?」


何故、俺が?

とディーノは思う。

今日はブノワには重要な商談があると聞いているのに。


いくら興味があると言っても、ディーノはまだ商売の初歩を聞きかじっただけだ。

大事な商談を行うブノワの役に立つとは思えない。

それに今日1日空き時間が出来た。

 

今日は『師匠』ロランから受け継いだ魔法の練習をしようと思っていた。

再び街の探索をしても良い。


そんな疑問が顔に表れていたのかもしれない。

ブノワはニヤッと笑う。


「実はな、サブリーダーのアルバンが別件の為に同行出来ない。ま、今のディーノに商売の話は分からないだろうから、単なる荷物持ちだな。護衛でもして貰おうか。ははは」


ブノワから護衛と言われ、ディーノは記憶をたぐった。

王都で従者になった頃から、そしてフォルスへ来てからは、散々ステファニーに付き合わされ、剣技と、格闘技の訓練の『手伝い』はして来た。


手伝いと言っても、稽古相手としてであり、ほぼサンドバッグ状態。

一方的な『練習台』であった。

それゆえ、戦う自信は全くない。


「雑務ばっかりやって来た使用人の俺じゃあ、間違っても護衛役は無理ですから、そうなるでしょうね 」


「はは、だな。で、来るのか?」


「ええ、行きます、喜んで! 言ってくれれば荷物くらいはガンガン運びますよ」


「よし、決まりだ。30分後に出かける。宿の入り口で待ち合わせだ」


「えっと、俺が持つ荷物はどこに?」


「はは、ないよ。さっき言った事は単なる口実さ」


再び笑ったブノワはそう言うと、改めて出発時間の念押しをしたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


時間通りに、出発したブノワとディーノは、取引先のジェトレ銀河商会といろいろな打ち合わせを行った。


商会の主は美しい容貌の女性で、名をクロティルドという。

年齢は聞く事は出来なかったが、多分20代後半だろう。


クロティルドは死んだ父親から紹介を引き継いだ2代目。

銀河商会という屋号は先々代の妻、つまり彼女の祖母が占星術を好んだ事から命名されたという事だ。

 

さてさて……

ブノワとクロティルドの商談は順調に進み、お互い合意の上、無事終了した。

時間が若干あったので、雑談となり、ブノワはディーノを改めて紹介し、共に居る経緯いきさつを話した。


クロティルドはひと通り話を聞いた後、何故か目が遠くなった。

そしてディーノを見つめ……寂しそうな雰囲気で尋ねて来る。


「ディーノ君は、いくつ?」


「はい、15歳になりました」


「15歳か……」


クロティルドは呟くと、一旦目を伏せた。


「実はね、私には弟が居たの。でも……幼くして流行病はやりやまいで亡くなったわ」


「それは……お悔やみ申し上げます」


「……ありがとう。ディーノ君もお父さんを亡くして大変だったわね」


「ええ、でももう吹っ切りました。とりあえず故郷の王都へ戻って、自分が何に向いているのか、じっくりと考えたいです。この広い世界を旅したいとも思います」


「うふふ、夢があって良いわね。私も家業がなければ、世界中を旅したい」


「世界中ですか!」


「ええ、でも家業を放り出すわけにはいかないわ……ちょっと待っていてね」


クロティルドはそう言うと、立ち上がり、奥の部屋へ引っ込んだ。


5分くらい経ってから……

クロティルドは戻って来た。

ディーノが良く見れば小さな小箱を持っている。


「クロティルド、それは?」


身を乗り出したブノワが尋ねると、クロティルドは柔らかく微笑む。


「ちょっとした魔法の品、たまたま手に入ったの。装着すれば防御力と素早さが上がる魔法の指輪なのよ」


すぐに箱は開けられ、台座の上には、古めかしく小さな指輪が鎮座していた。

けして派手ではない、はっきり言って地味な指輪である。


「はい、ディーノ君へ差し上げるわ。。お守りにすると良いと思うわ」


「お守り……ですか」


「ええ、この指輪の素材は、少し変わっていて真鍮しんちゅうと鉄が組み合わさって出来ているのよ」


「え? 真鍮ですか? それと鉄も?」


「ええ、真鍮と鉄なんて、変わっているでしょ?」


「え、ええ、そうですね」


「私へ譲ってくれた人はたいそうな逸品だと言っていたわ。ちなみにサイズは所有者に合わせて自在に変わるから大丈夫、さすが魔法の指輪だわ」


「え? そ、そんな凄いモノ! 俺が頂く理由がありません」


「うふふ、ディーノ君にはなくとも私には理由があるの」


「クロティルドさんには理由がある?」


「ええ、もしも弟が生きていたら、今同じ15歳……ディーノ君のような未来を夢見る素敵な男の子になっていた」


「…………」


「弟へしてあげられなかった事を、ディーノ君、貴方へしてあげたいの。単なる自己満足と言われるかもしれないけど……」


「…………」


「それに私も母をだいぶ前に、少し前に父を亡くした」


「…………」


「ね? 私も天涯孤独てんがいこどくよ、ディーノ君と全く同じなの」


「…………」


「この指輪はね、新たな人生へ旅立つディーノ君へ、姉として私からはなむけの品、つまり餞別せんべつよ。お守りにしてくれたら嬉しいな」


「餞……餞別……」


ディーノは胸に下げたペンタグラムを触った。

この品も同じく天へ還ったロランから餞別として贈られたものだ。


記憶を手繰るディーノへ、クロティルドの熱い言葉が数多告げられる。

叱咤激励といってよい。


「……弟の分まで生きて! 生き抜く事を諦めず絶対に死んじゃダメよ! 怪我にも気を付けて! そして夢を持ったなら、実現に向かって一生懸命に頑張ってね」


どうやらクロティルドはディーノへ、今は亡き弟を重ねたようだ。

 

対してディーノは、心が強い力に満ちて来るのを感じている。

父を亡くして天涯孤独とはなったが……

自分はけしてひとりきりではないと思うのだ。


昨夜、励ましてくれたロラン、そしてブノワにクロティルド。

自分はまるで実の弟のように可愛がってくれる『兄姉』に見守られている。


「ありがとうございます! はい! 頑張ります!」


ディーノは大きな声で返事をし、

前向きに生きようと、改めて決意したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る