第5話「不思議な夢②」

深く頭を下げたロランは、大きな声ではっきりと礼を言う。


『ディーノ、丁重にとむらってくれて本当にありがとう! 先ほど君が私の眠る大地を清め、心から祈ってくれたお陰だ。僕は生前の執着が解け、ようやく天へ還る事が出来る』


『は?』


弔ったから?

眠る大地を清めた?

心から祈ったから?

 

て、天へ還る?

生前の執着?


ディーノには全く言葉の意味が分からない。

いきなり現れて、何故そのような事をロランが言うのかも不明だ。


いぶかし気なディーノへ、顔をあげたロランは微笑む。

顔をあげた拍子に、法衣の頭衣ドミノがめくれ、ロランの素顔があらわとなる。


露わになったロランの風貌は、ディーノにとって意外であった。

父と比べ、まだ若い。

30代半ばくらいの、『大人の男』というところだろう。

 

凛々しく鼻筋が通った端整な顔立ちだが、けして冷たい感じはしない。

カールした茶色の巻き毛が程よい柔らかさを醸し出していた。


第一印象だけなら、悪い人では……なさそうだ。


安堵したディーノに対し、ロランは申しわけなさそうに告げる。


『ディーノ、悪いが、あまり時間がない』


『時間が……ないのですか?』


『ああ、ないんだ。しかし君にはしっかりお礼をしなければならない。だから君の心へ直接、私の素性と感謝の思いを刻もう』


ロランは一方的に且つ意味ありげにそう言うと、無造作に指をピンと鳴らした。

何か、魔法を使ったらしい。

どうやら……ロランは相当な腕を持つ上級魔法使いのようだ。


『あ!』


何故ならロランが指を鳴らすと同時に、ディーノの心を不思議な感覚が襲ったからだ。

否、襲ったというのは妥当な表現ではない。

 

何故か上手く表現は出来ない。

だがディーノは、瞬時に『ロランの事情』を全て知った。


……冒険者ロランは数百年前、このジェトレ付近で命を落とした。

王都で暮らす家族――愛する妻と可愛い娘を養う為……

高い報酬と引き換えに、遥か遠隔地の依頼を受け……

依頼遂行の最中、不慮の事故により無念のうちに死んだ。


そう、目の前のロランは死人なのだ。

実態を持たない魂の残滓……

つまりは『亡霊』である。


不死者アンデッドの一種である亡霊は生者を呪い、

挙句の果てに死へ至らしめる事もあるという……


しかしロランは不思議と怖ろしくは見えなかった。

却って逆である。

生気のない亡霊のはずなのに……不死者なのに……

まるで敬愛する兄の様に、ひとりっ子のディーノが気安さと温かさを感じるのだ。


実は……

ディーノが先ほど綺麗に清掃した古びた無縁墓地に、

ロランは無名の冒険者として葬られ、墓参し弔う者もなくひとり寂しく眠っていた


しかし残して来た家族に対する未練からまともに昇天出来ず、

怨霊に近い魂の残滓として、葬られた墓に縛られていたのだ。


さまよえるロランの魂は……

ディーノの心をこめた供養により、呪われた地縛から解放され安堵し、

ようやく天へ家族の下へ還る事が出来るのだ。


そう、数百年の長き時間の影響はロランの家族にも及んでいる。

既にロランの妻と娘は天へ還っていたから。

 

突如襲った残酷な運命により、離れ離れになったロラン一家は……

天において、ようやくまた一緒に暮らす事が出来る……


そう、亡霊のロランは礼を言いに、ディーノの夢の中へ現れたのだ。


ディーノには、何故なのかはっきり分かる

……亡きロランの大きな感謝の気持ちが……

歓喜の波動が、自分の心へ伝わって来る事が。


『ディーノ、どうやら念話にも慣れて来たようだね?』


『念話?』


『念話とは今、僕と君が話している上級魔法使いが使う魂と魂の会話だ。他者に聞かれたくない内緒話をする時には便利な技さ』


『は、はぁ……』 


『何故僕が君の詳しい素性等々を知っているのか? という疑問の答えは簡単だよ』


『簡単?』


『ああ、君の心を読んだから、僕は素性や事情を知る事が出来た』


『え? 俺の心を読んだのですかぁ!? じゃあ!』


ディーノはさすがに驚いた。

でも半信半疑でもある。


ロランが……俺の心を読んだ?

もしや魔法だろうか?

でも、そんな魔法は父からも聞いた事がない。


そんな疑問を持つディーノにおかまいなく、ロランは話を続ける。

父を亡くしたばかりのディーノを気遣ってもくれる。

彼は自分の家族にディーノを重ねているふしがある。


『お亡くなりになったお父さんは気の毒だったね』


『あ、ああ……はい、正直辛かったです』


『うむ……』


『俺、母親が早くに死んで、ずっと父ひとり子ひとりでしたから……もう身寄りは誰も居なくて全くの天涯孤独てんがいこどくです』


『うん、君は今迄よく辛さや寂しさに耐えた。頑張ったよ。そして更に分かった事がある』


『さ、更に分かった事も?』


更に分かった事?

心の中を読んで?

 

しかし平凡な少年であるディーノに大した秘密はない。

もしあるとすれば、先日領主の娘ステファニーに対し、

「ざまぁ」してサヨナラしたくらいである。


だが……

真面目な顔付きのロランが、その事を茶化して言うとは考えられない。


『ディーノ、今まで隠されていた君の能力が目覚め始めている!』


『え? お、俺の能力!? か、隠されていたって!? どういう事ですか?』


『……ディーノ、覚えがあるだろう。君は苛烈過ぎる主人に仕え、日夜ずっと相手をして来た事で徹底的に鍛えられた。結果、メンタルが非常に強くなり、身体がとても頑丈になり、体力もびっくりするくらいに上がった』


『そ、それは全然否定しません』


ロランの指摘には納得する。

ステファニーに罵倒され、こき使われたお陰で免疫が付き、心身が鍛えられた事を。

唯一、感謝している部分だ。

怪我の功名ともいえるが、もう、あんな日々は二度とごめんではある……


「つらつら」考えるディーノの心を読むように、ロランの話は続いて行く……


『しかも、主人の支配から完全に抜け出て、解放された事で、鋼鉄ともいえるリミッターが解除され、心身がようやく覚醒を始めたんだ! 真の君になる為に』


『え? 解放された事で、リミッターが解除!? 心身がようやく覚醒!? 真の俺……ですか!?』


『そうさ! ディーノ、ズバリ言おう。君は偉大なる英雄、導き継ぐ者なんだ』


な、何だ!?

俺が!?

い、偉大なる英雄? 

導き継ぐ者???


また意味不明、理解不能な言葉が出た。

どうやら大事なキーワードらしいので、ここは聞くしかない。


『み、導き継ぐ者? な、なんですか、それ?』


『うん! 導き継ぐ者とは偉大なる英雄の称号さ……まず第一に! 世の人々に生きる勇気を与え、前を向くように導くんだ。そして人心掌握じんしんしょうあくすべに長けている』


『???』


ロランの言う話は15歳の少年にとってあまりにもスケールが大きく難解だった。

第一、自分が『英雄』などとは、あまりにもバカげた話だ。

ディーノは思わず、ポカンとしてしまったのである。

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