30.精霊術師、確信を持つ
「レオンー、まっくらー」
「だなあ」
俺たちが辺境の村へ着く頃には、もうすっかり日が落ちて周囲が暗くなっていた。
ここは夜も常に明るい都と違って、街灯が極端に少なくて道もまともに舗装されておらず、足元が常に気になるレベルだ。
さすがにそんなところまで無効化する気にはならないし、今日はもうゆっくり休んで、明日から無の下位精霊を探すとするかな。
「さて……エリス、宿を探すか」
「うんっ。なんだか闇にすいこまれそー」
俺はエリスと手を繋いで宿を探し始めたわけだが、こんなに暗いっていうのに、彼女は今にも踊り出しそうなくらい楽しそうだった。
「……エリス、暗闇が怖くないのか?」
「なんでー?」
「…………」
エリスは強がってる感じがまったくない。これは素で怖くないって顔だ。闇を怖がらないのは、闇か光の精霊くらいって聞いたことがあるが、よく考えたら彼女は精霊王とも呼ばれる無の上位精霊だったな――
「――はっ……!」
「レオン、どうしたのー?」」
俺はそのとき、体中に電撃が走るかと思った。
無の下位精霊は人が住む場所にいるということだけでなく、この村のどこにいるのか、具体的にわかったからだ。それは、三つの事柄を合わせれば自ずと答えが出てくるものだった。
無の下位精霊が人を拒んではいるが興味を持っているということと、決して闇を恐れないということ、さらに、ほかに娯楽がないような辺境で人々が集まるような場所は一つしかないということを考えたら、どこにいるのかは容易に想像がつく。全ての線が繋がった……。
「エリス、宿はやめだ」
「えぇっ!? じゃあ、野宿するのー?」
「いや、宿は後回しにして、これから別の場所へ行こうかなって」
俺は意味ありげに笑ってみせると、早速目的地へと向かって歩き始めた。
「別の場所ぉ? あ、待ってよ、レオン、どこへ行くのー?」
「いいから、黙ってついてきて。あとのお楽しみだ」
「えー!? どこどこー!」
俺はもう確信していた。無の下位精霊はすぐそこにいると。今思えば、近くにあったあの何もなかった祠も、無の下位精霊を祀ったものなんじゃないかと。
精霊術師の俺でも名前すら知らないわけで、無の上位精霊マクスウェルよりも忘れられた存在な上、行動範囲が広い分、拠り所のなかった無の下位精霊を憐れんだ者が建てたものに違いない。
「けほっ、けほっ……何ここっ、煙たいー……」
目的地に着いて早々、エリスが苦し気に咳き込んだ。まあこんだけ煙たいんじゃしょうがないか。
「ここはな、人の楽園だよ」
「ええぇっ、ここが人間の楽園なの……?」
「あぁ、楽園だ。日常の苦しみを忘れられるオアシスのある楽園、すなわち酒場だ」
「そうなんだあ。なんだかみんなたのしそー」
冒険者ギルドと兼ねている都の酒場と違って、どっちかっていうとくたびれたような人が多いのが特徴だが、それでも酒をあおっているときはみんな安らかな表情をしている。
「でも、どうして楽園に来たの?」
「あぁ、ここに無の下位精霊がいると踏んだんだ」
「えー!? 人間の楽園なのに……?」
「楽園だからこそ、だよ。ここには人の全てが凝縮されてる」
「人の全て?」
「あぁ、人はな、酔うことで様々な顔を見せるんだ」
「へえー!」
「一時的なものであれ、酔えば苦痛から解き放たれる。あらゆるしがらみから抜け出して、仮面を脱ぎ捨てて交流できる。そんな楽園のような場所だから期待できるってわけだ」
「ふーん……人間って痛みが多いんだねー」
「あぁ、その通りだ。人っていうのは満身創痍なんだよ」
有と無は表裏一体。ここにはあらゆる感情が集まっているはずで、エリスの言うように無の下位精霊が本当に人に興味があるなら、必ずこの場所に来ているはず。
「すんすん……あ、レオン、ねえ、なんかこの辺に気配がするよ。わたしと同じ匂いがする……」
「……やっぱりか」
煙草や酒の匂いに慣れたのか、あるいは無効化したのか、とうとうエリスが嗅ぎつけたらしい。問題は、どうやって誘き出すかだが……難しそうだ。そもそも上位の無の精霊がいるというのにこの塩対応だからな。
もしかしたら、無の精霊だけに上下関係とかも存在しないのかもしれないな。だとすると、エリス並みに強力だってことも考えられるわけで。
そう考えるとさらにワクワクしてくるが、契約してくれなきゃお話にならない。
「…………」
そのためにはどうすればいいのやら。うーむ……ああでもない、こうでもない――
「――はっ……」
俺はしばらく考えた結果、ようやく思いついた。よし、あれだ。無の下位精霊を呼び寄せるには、あの方法しかない……。
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