18.精霊術師、申し訳なく思う


 氷の結晶が運よく連続でドロップして、20個集め終わったかと思うと視界が変わり始めた。


 どうやら、俺とエリスのパーティー【名も無き者たち】はスノーゴーレムを100匹討伐したってことで、これからボス部屋に突入するみたいだ。


 周囲の景色が、それまでの圧迫感のある洞窟内から吹雪の舞う氷山へとガラリと姿を変え、近くの魔法陣が輝き始める。


『――コオオオオオォォォッ……』


「…………」


 そこから、呆然と見上げるくらいの巨大な氷の狼が出てきた。氷の洞窟ダンジョンのボス、ハティだ。大きいとは聞いていたが、まさかこれほどとはな……。


 前のパーティー【天翔ける翼】に所属していたとき、氷の洞窟へは一度来たことがあるんだが、あまりにも寒くて途中で依頼を打ち切ったのでボスとは戦えなかったんだ。


 どんな敵なのかは事前にギルドのモンスター図鑑で調べられるのでわかるが、戦うのは初めてなので、その大きさも相俟って身震いするほどの威圧感を覚えた。


 ちなみに、ハティはサラマンダーよりも強いという評価だ。S級の依頼の一つに、ハティの爪と牙を2個ずつ取ってきてほしいというものがあるが、たった2個ずつなのにサラマンダーの鱗10枚集める依頼より失敗するケースが多いらしい。


 確か、素早さと風耐性が上がるっていう、孤高の指輪の材料なんだよな。爪と牙に加えてレアアイテムが出れば作れるみたいだし、炎の鎧を作った前回同様、今回もチャレンジしてみるか。


「レオンッ、楽しみだねー!」


「あ、ああ……」


 これだけの体格差があるのに全然怖くないんだな。相変わらずエリスの思考は規格外で、さっきまで泣いていた子だとは到底思えない。


『グルルルルルァッ!』


「っ!?」


 早速ハティが飛び掛かってきて、その凄まじいスピードに圧倒されそうになったものの、長くは続かなかった。


 事前の打ち合わせ通り、エリスがスピードを無効化してくれたんだ。


 のろのろとやってきたハティに対し、俺が防御力を無効化しつつ杖で叩いてやる。


『グガアアアアァァッ!』


 肩口を砕かれたハティは苦しそうな叫び声を上げて後方へ飛び退いた。防御力を無効化した一撃は、非力な俺の杖の一撃であっても相当に効くんだろう。


 それに加えて、精霊王エリスによる速度無効化は、ボス相手でも結構維持できることもあって、俺は追撃してやろうと懐へ飛び込み、杖を振り下ろしてやった。


『グギイイイイイッ!』


 それはハティの顔面にクリティカルヒットしたが、何やら様子がおかしい。


 やつの体色が、透明に近い銀色から青々としたものに変化したからだ。まさか、これは……。


 そうか、サラマンダーと同じく激怒状態になったのか。さっきの俺の杖の一撃でボスの片目が潰れたから、それが発端になったんだろう。


 俺が念のために距離を置いた直後、やつはチャンスとばかりもう一方の目を光らせて飛び掛かってきた。


 それでも、激怒状態で身体能力が二倍になっても大した速度ではなかったので安心する。


 その上、俺は地の精霊の息吹によって相手の動きも予測できるので余裕でかわしたつもりだったが、その直後にハティの体当たりをもろに食らってしまった。


「うっ……!?」


 あれ、確かに回避したはずなのに、何故だ……?


 って、そうだ、たった今肝心なことを思い出した。確かやつには必ず攻撃を当てるという、必中攻撃をたまにやってくるって聞いたことがある。


 おそらくそれで俺は体当たりをまともに食らった格好になったんだろう。防御力が低かったら体の一部が切断されていてもおかしくないが、物理耐性に特に秀でている俺たちにとってはまったく問題ない。


 ただ、痛みに関してはチクッとした程度だったものの、俺の体は大きく後方に弾き飛ばされていた。このままじゃ氷山から落下してしまう。いくらダメージを受けないとはいえ、この高さから落下したらさすがにまずい。


 それでも、炎の鎧を着込んだことによって重量が上がってるおかげか、ギリギリ崖の上で踏みとどまることができた。


「レオン、よかったー……!」


 エリスがジャンプして喜んでるのが見えるが、その姿がやたらと小さい。俺はこんなところまで飛ばされてたのか。それだけハティが凄まじい攻撃力を持ってるってことで、もし卓越した物理耐性がなかったらと思うと心底ゾッとする……。


『――ウガアアアアアアアアアァァッ!』


 それから俺たちがハティの断末魔の悲鳴を聞くまで、そんなに時間はかからなかった。爪と牙も2個ずつゲットだ。


《E級パーティー【名も無き者たち】の氷の洞窟の攻略時間、7分48秒。新記録です!》


 周囲の景色が元に戻っていく中、俺は光り輝くギルドカードを見て驚かされる。途中で結構休んだのに、まさか新記録まで樹立することになるなんてな。それだけ俺たちの色々と無効化できる力が飛び抜けてるってことか……。


「あ、また何か出たよ。レオンー、やったぁー!」


「やったな、エリス!」


 レアアイテムの大神の涙までゲットして、俺はエリスと抱き合って喜ぶ。これらを例の鍛冶屋に持っていけば孤高の指輪を作ってもらえるだろう。


 とはいえ、前回に引き続き激怒状態が維持されるってことで、このあと戦うパーティーには迷惑をかけそうだから、やはり申し訳なく感じるのも確かだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る