4.精霊術師、意外なものに出くわす
これは……。
とある依頼の貼り紙が、俺の視線を独り占めにしていた。
この町から東北東約3キロ先にあるカレティカの森、その奥に咲くファレリアの花を採取してほしいとのことだ。報酬は銀貨5枚ということで、Fランクにしては破格の好条件だった。
なのになんでみんなやらないんだろうと思ったら、最後に衝撃的なことが書かれてあった。
『汗臭いバカな底辺冒険者どもには最高の報酬だろう? ありがたく思いたまえ。余は気が短いからできるだけ早く依頼をこなすように』
「…………」
どうして依頼をこなそうとするやつがいないのかよくわかる文章だ。依頼主は、どこかの世間知らずな貴族か何かだろうか?
ファレリアの花か……。昔、ファレリアという少女がカレティカの森で行方不明になり、彼女の桃色の髪と同色の花が森の奥で咲いていたことからそう名付けられたんだとか。
一度どこかの屋敷のベランダで飾られているところを見かけたことがあるな。確か、薔薇を一回り大きくしたような新種の花だ。
カレティカの森はとにかく迷いやすいことでも知られてるんだが、住処にしているモンスターに関しては弱いのがほとんどだし、精霊に頼って慎重に行けば夜になる前には採取できそうだな。戦闘に自信のない俺にはうってつけの依頼だと思えた。
「――ここか……」
森の入り口へと到着した俺は、地の精霊の僅かな息吹を感じ取りながら奥へと向かっていく。仮契約すら許されなかった俺は、こうしたほんの僅かな気配であっても感じ取れるようになってて道に迷うことがなかった。
だから元パーティーがダンジョンとかで迷ったとき、何度も俺が道先案内人になったもんだ。涙ながらにメンバーから感謝されたのは最初だけで、あとはそれが当然みたいな扱いだったが。
「――おおっ……」
緑にまみれた景色の中、俺はやがて一際異彩を放つものを発見する。あれこそファレリアの花だ。
暗くなってきたものの日が暮れるまでまだ間がありそうだし、思ったより早く着くことができた。一本しか見当たらないが、数の指定はなかったのでこれだけで問題ないだろう。
茎の棘に注意しながら慎重に採取する。酔うような甘い香りを漂わせるしっとりとした桃色の花は、こういうものにあまり興味がない俺でさえしばらく見惚れてしまうほどのものだった。
さて、目的は果たせたし帰るか――ん、あれは……。
ファレリアの花の美しさの余韻に引き摺られるようにしてゆっくり歩いていたとき、俺はとあるものを発見した。あそこに見えるのは建物、だよな……。
やはりそうだ。ほぼ蔦に覆われてて、白い部分は微かに残ってる程度だった。花の香りの余韻に浸るようにしてゆっくり歩いてなければ気が付かなかっただろう。見た感じ、どうも神殿っぽいな。こんなところに何故……?
回り込んでみると入口があって、傍らにはひび割れた石板が置かれていた。難解な古代語が刻まれてるが、周囲を彷徨う光の精霊の力を借りることで辛うじて読み解くことができた。
何々……カレ……ティカ……神官……無の精霊……契約所……?
なるほど、ここは無の精霊と契約するための神殿だったわけだ。
しかし、精霊といえば水風地火の四大精霊が基本で、下位がウンディーネ、シルフィ、ノーム、インプ、上位がクラーケン、ジン、ベヒーモス、イフリートがお決まりのはず。
稀に闇と光の精霊、下位ならシェイドやウィルオーウィプス、上位ならアビスやルクスと契約できる仕組みで、上位の精霊と契約すると、それに属する下位の精霊も従わせることができるんだ。
無の精霊といえば、下位については知らないが、上位は確かマクスウェルとかいう名前だったような。
あらゆる属性の中でも特にレベルが高いという無属性の精霊、特にその上位であるマクスウェルは、全ての精霊たちの最上級的存在、すなわち精霊王とまで呼ばれていたものの、契約できる者が皆無だったためにいつしか存在しないことにされたんだとか……。
『――若者よ、お主の考える通りだ……』
「えっ……」
なんだ? 今の。頭の中に直接語り掛けてくるような声が響いてきた。一応周囲を見渡してみたが、周囲には誰の姿も見当たらない。
『強大な力を持つがゆえ、神は選ばれた者としか契約をさせようとはせず、その結果契約できる者は現れずに忘れられていった……』
「だ、誰なんだ? あんた一体……」
『若者よ、神殿の中へ入るのだ。お主こそ、この場所が相応しい……』
「…………」
謎の声はそれ以上しなくなった。俺にこの中に入れっていうのか?
そういえば、無の上位精霊マクスウェルと仮契約できた場合、物理ダメージが極端に減るって聞いたことがあるような。まさかな……。
そう思いつつも、俺は期待せざるを得なかった。無の精霊と仮契約、本契約した精霊術師は他に例がなく、前代未聞だったからだ……。
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