第218話 凝るか否か

「誰かの姿を見た?」


 対面に座るフィルが、月夜の言葉を聞いて反応を示した。目は彼女をじっと見つめ、耳はいつにも増してぴんと張っている。


「おそらく」月夜はコーヒーを一口飲んだ。普段から飲むわけではないが、今日はたまたま飲んだ。


 昨晩、窓の外で見たことを、月夜はフィルに話して聞かせた。別に隠すようなことでもないと判断したからだ。


「お前が寝ぼけていただけじゃないか?」


「その可能性もある」月夜は頷く。「その可能性も含めて、フィルに伝えておく」


 自宅の敷地内に何者かが侵入したとしたら、立派な犯罪だが、月夜はその点はどうでも良いと考えていた。彼女は法律に大きく左右されるようには生きていない。それには、そもそも法律がどういうものか分かっていないという、現実的な問題も絡んでくるが、最近は授業で少し勉強もしているから、以前よりは分かるようになっていた。しかし、そういう問題を除いても、月夜の基本的なスタンスとして、彼女の判断の基準に法律はそうそう用いられない。ものを盗んだり、人を殺したりしないのは、法律でそう定められているからではない。単純にしたくないからだ。たとえ、法律でそうした行為が禁止されていなくても、そうした行為をする者が、そうでない者に比べて多くなるようなことはないはずだ。


「そいつは、何のためにここへ来たんだ?」


 フィルに問われ、月夜は用意していた答えを述べる。


「私を殺すため」


「なるほど、物の怪だと言いたいのか」


 フィルの確認に対して、月夜は頷いた。


 物の怪と呼ばれる存在は、月夜を殺すことを目的にしている。物の怪は、一度死んだ者がなるらしい。しかし、どうして月夜を殺そうとするのか、死んだ者がどのように再生するのかということは、現段階ではあまり分かっていない。


 月夜は、一度、物の怪に殺されかけたことがある。しかし、それは結局失敗に終わり、むしろ相手の方が活動停止する結果となった。


 その物の怪はルゥラという名前だった。


 月夜は、彼女が好きだった。


「お前がどういう姿勢をとるのか分からないが、お前に近づく危機があれば、俺は相応に対処するつもりだ」フィルが言った。「それが俺の役目だからな。あと、小夜に叱られるのも面倒だ」


 小夜というのは、フィルの知り合いで、月夜の知り合いだ。彼女は物の怪に関することを誰よりも知っている。いや、察知する能力に長けている。


 しかし……。


 最近小夜とは会っていなかった。彼女はずっと山の中にいる。だから、こちらから会いに行かない限り、彼女から情報を得ることはできない。

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