第89話 乖離
昼休みになって、月夜は食堂に向かった。
なんとなく、食事をする気になったからだった。彼女にしては珍しい。何を食べようかと考えて、前の人がラーメンを注文していたので、同じものを頼んだ。空いている席を探してそこに座り、箸を手にとって麺を啜り始める。
食堂は、以前夜に来たときと雰囲気が違っていた。やはり人がいるからだろう。人がいると騒がしく感じられ、人がいないと寂しく感じられる。人間の世界は人間主体でできている。少なくとも、恒常的に存在する椅子や机は、喧騒の担い手としては意識されない。
ラーメンは、鍋にずっと入れっぱなしだったからか、微妙に伸びていた。小学校の給食で食べたものと同じような感じだ。具材も魚介類が多く、一般的なラーメンとは少し違っている。
「今日の放課後さ、あれ、あそこ……。ほら、駅前に新しくできた、喫茶店に行かない?」
「うん、いいね。じゃあ、行こう。あ、今日って、授業何限までだっけ?」
「七限」
「あ、そうか。あー、じゃあ、けっこう遅くなるね。授業が終わって……、向こうに着くの、五時くらいになるかな?」
「私、ショッピングモールでさ、服見たいな。この間雑誌で見た、春物のコーデ、試してみたいんだよね」
「へえ。どんなやつ?」
「なんか、上半身と下半身で、補色のやつ」
「補色? 何だっけ、それ」
「あの、ほら、なんか……、美術の授業でやったじゃん。……十二色相環、だっけ?」
「ああ、はいはい」
「あの、向かい側の関係のやつ」
「それで?」
「その色で服の組み合わせを作るわけ。あ、でもね、下半身が暗い色の方がいいみたい」
「へー。面白そうじゃない」
(ゴクゴク)
「喫茶店でさあ、飲み物を注文するときって、なんか、面倒臭いよね」
「何が?」
「え? うーん、なんか、買ったあと、暫くその辺で待っていなくちゃいけないのとか」
「じゃあ、待たなければいいじゃん」
「待たなければ貰えないじゃん」
「じゃあ、貰わなければいいんじゃない?」
(laugh)
「何言ってんの」
「いや、だって、面倒なんでしょ? じゃあもういいじゃん。もう、飲まない。初めから飲まなければいいの」
「飲みたいけど、面倒だって話じゃん」
「我儘なんだよ。だってさあ、そんなこと言ったら、電車とか乗るのも同じじゃん。ホームで待つ方が多いでしょう?」
「あ、信号とかもそうかな」
ラーメンを食べ終わったので、月夜は食器を片づけるために立ち上がった。
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