第56話 フィンガーダンス

 食堂の後方にはステージが設置されている。その上にはピアノがあって、バンドを組んでいる者がときどきそこで演奏をすることがあるらしかった。反対側には料理の配給場所があり、食券を購入したらそこに並んで料理を受け取る、らしい。らしいというのは、だいたいそういうシステムだろうと想像しただけで、月夜は食堂で料理を注文したことがないからだ。


 向こうまで列状に並んだ机の上を、フィルがひょいひょいと渡っていく。それに合わせて月夜も食堂の中を進んでいった。なんとなく、机の表面に毎度毎度触れる。ピアノの鍵盤を叩くように、比較的リズミカルなテンポに感じられた。


 天井は高い。食堂なのに、どうしてこうも背を高くする必要があったのだろう、と思うくらいには高さがある。


「物の怪と対峙するのは、もう少し先になるだろう」歩きながらフィルが言った。「そのときまでに、色々と考えておくといい」


「色々、とは?」


「身体的にも、心理的にも、色々」フィルは話す。「どうやら、相手はお前を殺そうとしてくるみたいだからな。自分で自分の身を守れるようにしておいた方がいいだろう。また、どうしようもなければ、お前が相手を殺すことになる。そのときに、心理的なダメージを軽減できるように、何らかの策を練っておいた方がいい。両者の面とも、俺にできることがあればサポートする」


「珍しく、素直な意見が聞けて、ちょっと嬉しい」


「いつも素直じゃないか」


「そう?」


「素直に、捻くれているのさ」


 月夜は自分の運動能力をあまり把握していない。まったく運動できないというわけではないし、少し走ったくらいで息が切れるようなこともない。ただ、誰かに襲われるとなると、抵抗できるか分からない。ましてや相手は殺傷する術を持ち合わせている。生身では限度があるかもしれない。また、当然のことだが、月夜は誰かを殺したことなどないから、相手が物の怪といえど、殺す、という行いをしたときに自分がどのような心的状態になるのか、想像することは難しい。


 やはり、自分が殺された方が良いのではないか、という気がする。


 その方が採算がとれるのではないか?


 よく分からないが、物の怪は自分が何らかの障害になっているから、殺そうとしてくるのだ。それなら、今の内に殺されておけば、それで問題が解決するのではないだろうか。反対にいえば、今回殺されるのを防いだとしても、いずれまた同じ目に遭うだけではないのか。


 この点は、小夜に相談してみるのが良いかもしれない、と月夜は思った。

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