第12話 雑談
「今日は、どこかに行くの?」
フィルを抱えてソファに座ったまま、月夜は彼に尋ねた。
「寒いからな」フィルは前を向いて答える。「今日は家にいるとするか」
「分かった」
「何が分かったんだ?」
「フィルの、今日一日の生活方針」
「俺が嘘を吐いている可能性は考えなくていいのか?」
「考えても、仕方がない、と思う」
「素直すぎるのも、自分の身を守るという意味では、あまりいいことではないぜ」
「どうして、自分の身を守る必要があるの?」
「そりゃあ、死にたくないからだろう」
「死ぬ前の段階として、身体的、あるいは、精神的に傷つくというのも、その中に含まれる?」
「それはそうだろう。そうした過程を経て死ぬんだからな」
「自分が死んだら困ったことになる、とフィルは考えているの?」
「その場合の、自分とは俺のことか? それとも一般的な自己のことか?」
「後者」
「なら、そうだろうな」
「フィルは?」
「俺はそもそも生きてなんていない。故に、何が起きても問題はない」
「でも、省エネルギーで済むようにしているじゃない?」
「そうか?」
「うん」
「それはお前も同じじゃないか?」
「私は、生きているから」月夜は応じる。「もともと、省エネルギーで済むように、という思考回路が構築されている」
「まあ、いいさ。いずれにしろ、周囲への警戒は怠らない方がいい、とだけ言っておこう」
月夜はフィルを見つめる。それから口を開いて、簡潔に返事を口にした。
「分かった」
フィルを家に残して、月夜は学校に向かった。昨日と同じ時間に家を出て、昨日と同じ時間にバスに乗り、昨日と同じスケジュールで授業を受ける。ただ、昨日と同じ時間に帰ってくるかは分からない。夜になると彼女の生活は幾分気分に左右される。もちろん、日中にも彼女の気分は活きているが、それを適用できる場面は少ない。
公園の傍を通ると、相変わらず桜は咲いていて、でも、日に日に枝に付いている花弁は少なくなりつつあった。あと数日もすれば完全に散ってしまうかもしれない。
桜は、散ってしまうからこそ綺麗だ、という内容の詩か何かを、国語の授業で読んだことを思い出した。
人間もそうだろうか?
死ぬから、今を一生懸命生きよう、と思うのだろうか?
たぶんそうだろう。人間のあらゆる営みの根底には、必ず死という絶対的終焉が存在する。けれど、生きている者はそれに気がついていない。
そして、自分も、頭で理解しているだけで、本当の意味では分かっていないのだと、月夜はふと思った。
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