第10話 発動、未来予知

 真昼間まで宿屋にいた俺は、チェックアウトの時間だとオババに叱られながら宿屋を後にした。


 俺たちはは日銭を稼ぐために再び酒場に向かった。ご飯を買うお金もなく、リリアにも何か食べさせてやらないといけないなぁと思いながら見たことのある酒場のドアを開けた。


「あ! お前昨日の! おい、こっち来てリベンジマッチしろや!」


 そう机を叩きながら声を荒げるのは昨日俺に負けた酔っ払いだった。

 今日は酔っていない様子だ。



「お、また負けたいのか?」


「ガジル兄貴、見せてやってくださいよ!」


「ふん、慌てんな。今日は新しい魔道具を手に入れたからな。それで勝負しようぜ」


 そう発破をかけると取り巻きの一人が大男ガジルの名前を口ずさんだ。


(この大男はガジルというのか)


 俺たちがテーブルに向かってる間に男はゴソゴソと袋を漁りだした。

 そこから出てきたのは計十個の小さな魔法陣が円形に並んでいる石板のようなものだった。俺たちはそれを横目で見つつ、席に着いた。



「これが面白いんだぜぇ。ハズレの魔法陣を触ると下から熱湯が噴き出すんだぁ。しかもターン毎にハズレの位置は変化する。前みたいにイカサマのしようもないぜ」


 取り巻きからイカサマされていたことを教えられたのか、ガジルは俺がイカサマをしていることを知っていた。


 ピュ~と口笛を吹き、場を盛り上げる男。それに釣られテーブルを囲んでいた男達がドッと沸き立つ。



「ワニワニパニック……?」


「は?」


 俺は思わずそう口ずさんでしまった。

 システム的にはそれに似たものだと思う。

 俺は言った言葉をかき消すように続けて話した。


「面白そうだな。是非やってみようリリアもやるか?」


「は、はい……」


 リリアはガジルを怖がっているようだが、今までこき使われてきたんだ、当然の反応ともいえる。


「今なら仕返しをするチャンスかもしれないぞ」


京谷きょうやさんがそう言うなら……」



 俺たちとガジルを含む野郎ども三人の計五人はそれぞれテーブルの周りの椅子にバランスよく着席した。丸型テーブルの真ん中にその石板を置き、皆が見えるようにした。



「ようし順番はじゃんけんだ!いくぞ~、じゃ~んけ~ん……」




 順番は「ガス→ゴス→リリア→京谷きょうや→ガジル」となった。




「おっと、始める前にまずは掛け金だ。俺らは1000ぺリスずつ賭ける。お前たちはどうするんだ」


「悪いがまだ金を持ってない。俺の指輪でもいいか」


 俺は指輪をつけていることをすっかり忘れていた。これはダイヤモンドが埋め込まれたそれなりに価値のあるものだぞ。



「お、いいねぇ。嬢ちゃんは何も持ってねぇだろうから自分でも賭けとけ!」


 そうガジルが声を荒げ、リリアはプルプルと震えている。



 ――計五人での魔法陣パニックを開始します――


 

 こんな文字が魔法陣の上に浮かび上がった。その瞬間、俺たちの周りに魔法の仕切りが設けられた。これでこのゲームから逃げられなくするシステムらしい。



「ようし、じゃあ俺からだなぁ~」


 少し高めの声のガスという取り巻きの男の一人は何の迷いもなく三時方向の魔法陣に触れた。すると魔法陣は光を失い、灰色になった。これはセーフだろうか、何も起こることなくチン! という音が鳴った。



「ようし、さすがに一発では引かんよな~」


「一発で引いたら俺っちがぶん殴ってやる」


「さすが!」


 取り巻きのゴスとガジルがはやし立てる。


 なるほど、単純に十分の一でハズレを引くシステムか……これは確かにイカサマのしようがなさそうだ。



 続いてゴスも六時の方向を選択し、無反応だった。続いてリリアの番だ。


「ど、どこにしましょう……」


 そう悩み、五時の方向の魔法陣に触れようとしたその時だった。



――きゃあ! 熱い~!


 リリアが熱湯を手にかぶり熱さに転げまわる、そんな映像が脳裏に飛び込んできた。ショッキングな映像に一人驚いていると、リリアが今にも五時の魔法陣に触れようとしていた。



「ま、待てリリア」


「……?」


 俺はつい口を出してしまった。その魔法陣はハズレのような予感がする、そう思って咄嗟に出た言葉だった。



「おいおい助言は禁止だぜ~?」


「ずり~ぞ~!」



 周りがヤイヤイ言ってくるので俺はそれ以上何も言わなかった。リリアは不思議に思ったのか、五時方向の魔法陣をやめ、違う所を選択し事無き事を得た。



「チッ……ハズレか。次はお前だ、さっさとやれ」


「頑張ってください……」


 

 俺は今見た映像が忘れられず、リリアの応援が左耳から右耳にス~っと抜けていった。


(危険も予知して回避できるのだろうか……試してみる必要があるな)


 そう思った俺は、残りの魔法陣に一つ一つ触れようとしていく。すると十二時方向の魔法陣に近づいた瞬間、俺が熱湯を被り転げまわる姿が脳裏に焼き付いた。



「……ッ!」



 俺は未来予知の能力について確信を得た瞬間だった。

 少し先の未来を見ることができる、ギャンブルにおいて非常に有利な能力だったのだ。

 しかし常時発動というわけでもないらしい。危険が近づくか、意識しないと先は見えないようだ。

 そして意識して発動するとかなりの体力を消耗するということも分かった。


 そう確信を得た俺は、八時方向の魔法陣に触れターンを終了した。





 ガジルもうまく回避し二週目、残り魔法陣が五個となった。


「おい、お前達がハズレを引いたら一晩中引きずり回すからな」


「じょ、冗談よしてくださいよ~……これだ!」


 十一時方向の魔法陣に触れ、チン! という音が響き渡る。続いてゴスも何も起こることなくリリアにターンが回ってきた。



「ど、どうしましょう京谷きょうやさん……!」


 残す魔法陣は三つ、もうハズレを引く確率はかなり高くなっている。

 だが俺には未来予知の能力がある。リリアの顔をじーっと見つめ、俺に作戦があるということを伝えようとする。すると動物的感覚なのか、俺の意図に気づいたようだ。先ほどの経験を踏まえて、リリアは魔法陣をゆっくりと触れようとする。



――熱いっ! 熱いっ!



 再び俺の脳裏にリリアが熱湯を被る未来が見えた。それに気づいた俺は、リリアの足首を軽くつつく。

 するとリリアはその魔法陣をスルーして五時の方向に手をかざした。結果はもちろんセーフだ。リリアはほっとした様子で胸を撫でおろした。



「だぁぁぁ! クソ! なんでハズレを引かねぇんだよぉ!このままじゃ俺っちに周ってくるじゃねぇかぁ!」


 ガジルは両手で頭をボリボリと毟りながら悔しそうにしていた。



「続いて俺の番だな……」


 京谷きょうやは残り二つの魔法陣を選ぶふりをして、どちらがハズレかを未来予知した。





「なぁぁぁんでなあぁぁんだよおお!」


 京谷きょうやがセーフになった今、ガジルは強制的に残り一つとなった熱湯付き魔法陣に触れなければならなくなっていた。


「あ、兄貴、仕方がないっす……」


「うるせぇ! わかってらぁ!」


 諦めがついたのか、力強く最後の魔法陣に手を置く。その瞬間魔法陣から大量の熱湯が噴き出し、ガジルを熱湯が包み込んだ。



「アァァァッチィィィィ!」


「「大丈夫ですか兄貴ィィィ!」」



 床で転げまわるガジルと慌てふためく取り巻きを見て、俺とリリアはスカッとした表情で掛け金の1500ぺリスを頂きその場を後にした。






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