カクテルガールのタイムリープカクテル
総督琉
第1話 あの日君を僕は殺した
平日の昼間、俺は仕事を探しにとあるバーへと赴いた。この時間帯は人はおらず、店の中は空いている。
俺はカウンター席に座る。カウンターの向こう側にはまだ十五歳にしか見えない女性がおしとやかに立っている。
「お客様、ご注文はお決まりですか?」
「仕事をひとつ。金が貰えるならどんな仕事でもいい」
「分かりました。ではこちらはいかがでしょうか」
そう言って差し出されたのは一杯のカクテル。そのカクテルは淡い翡翠色をしていて美しい。
だがカクテルなど頼んでいないので、当然飲めるはずもない。
「これは?」
「タイムリープカクテルです」
「タイムリープ?えっとー、仕事を探しに来たんだけど……」
俺は頭を悩ませていた。
このバーではいつも仕事を依頼してくれる。だからこうして今日も仕事を探しに来たが、出されたのたのは仕事ではなくカクテルだ。
カクテルを飲むというだけでお金を貰えるのなら悪くはないが、そんな優しい話があるはずがない。
「お客様の仕事は過去へタイムリープしてもらうことです」
「はえっ!?」
まるで変な夢でも見ているようだ。
「どういうことかな?」
「過去へ行き、お客様には病んでいる少女の救済をしてほしいのです」
「過去で救済?」
「ええ。過去へ行ったらまずはこの写真の少女を探してください」
彼女は一枚の写真をポケットから取り出し、それを俺に見せた。その写真には小学生ほどの年齢の少女が写っていた。
驚いたことに、その少女は眼帯をつけ、熊の耳など熊をモチーフにした服を着ており、腕の中で熊のぬいぐるみを抱き締めていた。
「この少女を過去で救えばいいのか?」
「ええ。まあ過去では今の私とは会えませんし、このバーもありませんから自力で頑張ってください」
「ちょっと待て。それじゃどうやって現代に戻って来ればいい?」
片道切符なら永遠と過去に囚われ続ける。そんな危険な仕事をしたくはない。
「タイムリープカクテルの効果は一週間。ですので一週間経てば自動的にこの時代に戻ってこれます」
「なら悩む必要はないな。このカクテルを飲んだら過去へ行くんだろ」
「ええ。そこでどうかこの少女を、哀れな少女を救ってあげてください」
俺はカクテルグラスを手に取り、それを眺める。
本当にこれを飲むだけで過去へ戻れるだろうか。その不安がないとはいえないものの、今更現代にとどまり続けるのもいい加減飽きた。
たまには過去へ戻って昔の思い出のひとつやふたつ、思い出せれば良いだろう。
そのついでで仕事をすればいい。
俺は自分の背中を押した。
カクテルを飲み干した。
既にその時、俺はバーではない他のどこかにいた。そこでは車のうるさい音がよく聞こえる。
ーーというか、
「道路のど真ん中じゃねえか」
過去に来て早々、命の危険の渦中に俺はいた。
車のクラクションが鳴り響く。その音に紛れてパトカーのサイレンの音も鳴り響いていた。パトカーは俺のすぐそばで止まり、車からは警察が二人降りてきた。
「君、ちょっと署まで来てもらうよ」
「ま、そうなりますよね……」
パトカーに乗せられ、そこから三十分、長い間パトカーに乗せられて警察署までやって来た。
そこで一時間ほど事情聴取を受けた。と言っても、未来から過去へ来たわけだから、何をどう説明すればあの場所に現れたことを分かってもらえるか必死で考えていた。
だがあまり頭がいいとは言えない俺では、その答えは見当たらなかった。
「まあいい。今日は帰りなさい。次やったら今度は即逮捕だからね」
「分かりました」
事情聴取が終わり、時刻は深夜零時を過ぎていた。
すっかり暗くなり、まずどこへ泊まろうかという初歩的な悩みを頭に抱えながら署の外へ出た。
深々と落ち込んでいると、一人の少女が俺の横を通りすぎる。その少女は眼帯をつけ、熊の服を着、熊のぬいぐるみを抱いている。
「どこかで見覚えが……まさか!?」
写真の女の子だ。
それが分かった途端、俺は少女の腕を掴んだ。
「何ですか?変態ですか?」
見知らぬ俺を少女は睨みつけた。
事情を知らない少女は当然俺を不審者だと思っているだろう。
もし叫ばれでもしたら、ここは警察署の前。即刻逮捕だろう。
ちょっと待て。だとしたらどうやってこの少女と接点を持てばいい?完全に負け戦じゃないか。
「あのー、離してもらえませんか」
「す、すまない」
腕を離すと、少女はすぐに去っていった。
このまま行かれてはせっかく見つけたのが水の泡なとなってしまう。たった一週間しかない。だからここで逃すわけにはいかない。
だが少女を引き留める言葉が思いつかない。
どうすれば少女を救える?少女を救わなければ……。
焦りに満ちていると、少女はふと振り向いた。
「ねえお兄さん、ちょっと付き合ってくれない?」
「はえっ!?」
「そして私を殺して」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます