死して初めて気付く愛⑥




それからはアーシュと今までできなかった学校の話や好きなこと、そんな普通の家庭なら当然のように話す他愛のない話をした。 

研究に明け暮れていたロンダークにとって、家族との時間がこれ程までに幸せであるということを知らなかった。 今までの時間を取り戻すよう集中し、病院への道を歩いていく。


「それでね・・・。 って、お父さん、聞いてる?」

「・・・」

「お父さん?」

「ん? あ、あぁ・・・」


なのに何かがおかしい。 アーシュからしたらロンダークの姿は見えないため、返事がなければ不安になってしまうのを分かっている。 

そのためロンダーク自身、一言一句聞き漏らさないよう、そして欠かさず返事をするようにしていた。 はずだったのだ。


「大丈夫?」

「・・・あぁ、大丈夫だよ」


―――今の一瞬、意識が飛んでいた。

―――・・・これはおそらく魂魄魔法の副作用のせいだ。


自分の意志よりも強い力に意識が引っ張られている。 それにより残された時間が少ないのではないかと思い始めた。


―――このことはまだ言えない。

―――ただの杞憂かもしれないんだ。


だが病院へ戻る道中の間に、二度程同様の症状がロンダークに起こっていた。


―――やっぱり、ただの杞憂ではないのかもしれないな・・・。


そう思いつつ病室へ二人が到着した時、中から医者の声が聞こえてきた。


「僕は本気ですから。 それでは失礼します」


二人とすれ違うように医者は部屋を出ていく。


―――フィオラと医者が何の話をしていたんだ?


その疑問はアーシュも感じたようで、中に入ると早速とばかりにフィオラに尋ねていた。


「お母さん。 何か真面目な雰囲気っぽかったけど、何の話をしていたの?」

「あら、聞いていたの?」

「ううん。 聞いてないよ」

「そう・・・」


フィオラは少し考えた様子を見せ、そしてはにかみながら言った。


「お医者さんに口説かれちゃったわ。 まだまだ私も捨てたもんじゃないわね」

「えぇッ!? 断ったよね、それ! だって・・・」


アーシュは見えないロンダークの姿を探している。


「もちろん断ったわよ。 まだ旦那と別れたわけじゃない人妻だ、って言ってね。 だけどなかなか諦めてくれなくて。 それよりおかえり、学校はどうだった?」

「私、あのお医者さんあまり好きじゃない。 だってお父さんのこと悪く言っていたから」


フィオラの問いかけを無視し、アーシュはそう言った。


「・・・言いたいことは分かるけど、私やアーシュみたいにお父さんの事情を知らないから仕方がなかったのよ」

「それでも何か嫌なの!」

「分かってる。 だから断ったって・・・」


二人の話を聞いている間もロンダークは何度か意識が飛びそうになっていた。 だから思うのだ。 もし医者の先生が本気で二人を守ってくれるのなら、二人を任せてもいいのではないかと。 

だからつい口からこんな言葉が零れていた。


「・・・先生の言葉、真面目に考えてみてもいいのかもしれないな」


突然のその言葉にフィオラも驚いていた。


「・・・貴方、突然どうしたの?」

「・・・」


何も言えなかった。 ロンダークは二人を置いて病室を後にすると屋上まで歩く。


―――おそらく魂魄魔法の副作用はフィオラにも出ている。

―――完全な修復が成功しているのなら、すぐにでも元気になっているはずなんだ。


フィオラがしきりに腕や足を擦っているのをロンダークは見逃さなかった。 もしかしたら痛みがあるか、感覚が鈍いのかもしれない。


―――でも先生に任せるのは真面目に考えていることだ。

―――もし俺が、このまま消えていなくなってしまうのなら・・・。


二人には随分と苦労をかけたと思う。 だからなるべく幸せになってもらいたい。


「二人を任せるのに医者の先生なら十分過ぎるよな」

「そんなことないよ!」


誰にも聞こえていないはずの独り言のつもりだった。 返ってきた答えに振り返れば娘であるアーシュがそこに立っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る