第45話・四季と晴明

 晴明は人一倍強い匂いのする方へ急ぐ。

 途中、人の気配がして、とあるフロアを覗くと、何十人もの人々が眠っている異様な光景が目に入った。

 倒れている人たちは、全身がぐっちょりと濡れ、皆一様に青白い顔をしていた。晴明は急いで倒れている一人に近づき、脈を確認する。わずかな胸の上下の動きと、息づかいが聞こえる。

 他の全員も無事であることを確認して、とりあえず安堵した。きっと、青龍が捕らわれていた場所から、安全なこちらへ移したのだろう。戦いに巻き込まないように。

「さすが青龍」

 神とはいえ四季と失踪者全員を守りながら戦うのは、さすがに分が悪いかと思ったが……。

 晴明はふっと微笑んで、助け出された人達の周囲に簡易な結界を張った。


 さらに進むと、大きな吹き抜けのフロアに出た。

 階段の柵から下を覗くと、そこにはフロアいっぱいに這い蹲る大きな蛇のような怪物がいた。

 さらに、青龍や四季、弦も。

 目眩がしそうなほどに歪んだ空間に支配された水族館で、怪物は四季を狙っていた。

 怪物が高周波の嘶きを上げる。全員が耳を塞ぎ、その隙をついて、怪物が妖力を発動した。

 地面が波打ち、怪物がその尻尾で巻き上げた飛沫が、意志を持ったかのように四季を襲う。

「この臭い……あれは、もしかして」

 異様なまでの生臭さと、血液の匂いが充満している。

 晴明は目を凝らしてその怪物を見た。

「化鯨。なぜここに異国の妖がいるんだ」

 晴明は弓の妖気を辿ってきたはずだ。

 弓の妖気も微かに感じとれる。しかし、その姿は見当たらない。晴明のこめかみに、丸い汗が滲んだ。

「まさか……!」

 晴明はハッとした。

 見れば、化鯨は荒波を作り、四季を妖術の中に呑み込もうとしている。

「四季さんっ!」

 このままではまずい。

 青龍が必死に手を伸ばして助けようとしているが、怪我が痛むのか、動きが鈍い。

 あれでは化鯨の妖術に間に合わない。

 晴明はすぐさま状況を察し、柵を飛び越えて波紋の広がる地面へと飛び降りる。


「晴明様!」

 青龍が気づき、叫んだ。

「青龍、四季さんのことは任せて! 君は化鯨の消化を遅める時間稼ぎを!」

「はい!」

 波が四季を呑み込み終わると、地面の揺らぎが弱くなる。波が消えるその瞬間、晴明も間一髪で妖術の中に飛び込んだ。


 ――ドボンッッッ!!

 波に呑まれた四季は、思わず息を止めた。

「くっ……苦し……くない? あれ?」

 限界になり、溺れる覚悟で気道を開くと、肺に入ってきたのは水ではなく、まっさらな空気だった。

 体は水の中に漂っているかのように軽く、ひんやりとした感覚を全身に感じるのに、呼吸は出来る。四季は感動して、とりあえず深呼吸をしてみた。

 とはいえ、

「ここどこだし……」

 四季は辺りを見回した。

 四季の目の前に広がっているのは、何もない真っ暗な闇の中だった。

 目を開いているのかどうかすらも分からなくなってくるほどの闇だ。

 それなのに、どんどん落ちているのだけは分かった。深く深く、底なしの沼に沈んでいくような感覚だ。

「どうしよう……僕、このままあの化け物に取り込まれて、死ぬ感じなの?」

 声が空間に響く。

「……季さん……四季さん!」

 そのとき、どこからか声が聞こえた。

(……この声は)

「……せ、晴明さん?」

 真っ暗で晴明がどこにいるのか分からないが、聞き覚えのある声が聞こえてきて、四季はほっとする。

「晴明さん、どこ!?」

 四季は再び呼びかける。

「良かった。四季さん、無事なようですね」

「それより晴明さん、なんでここにいるの? 青龍さんは?」

 相変わらず姿が見えないため、きょろきょろと色んな方向へ向かって話しかけてみる。晴明は四季より遥か上にいる気もするし、逆に下から気配を感じるような気もする。

「君が化鯨の妖術に取り込まれる瞬間、僕も飛び込んだんです。青龍は今、僕たちの消化を遅くするために、化鯨と戦って時間稼ぎをしてくれています」

「消化!? なにそれ、消化とか怖いんだけど!!」

「四季さん、冷静に。急がないと僕たち、化鯨に喰われてしまいます」

「晴明さんがどうにかできるから、この空間に飛び込んだんだよね? どうするの?」

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