第27話・朱雀
青龍の態度に気を悪くした朱雀の瞳が、燃えるように赤く煌めいた。
――ヒュンッ!
次の瞬間、拳大ほどの火の玉が青龍目がけていくつも飛んでくる。
「おっとっ!」
――バシュッッ! シュウウウウゥゥー……。
「ちょっと、危ないじゃないですか、朱雀。屋内なんですから、燃えたらどうするんです」
青龍が飛んできた火の粉を水の玉で受け止め、小さな爆発を伴いながら消火する。そして朱雀に対して非難の声を上げると、朱雀はぷいっと拗ねたように顔を背けた。
「ふん。お前なぞ、こんがりと燃えれば良い」
「まったく短気なんだから……」
青龍がやれやれと肩を竦ませる。晴明はといえば、二人に構わず考え込んでいた。そして、独り言のように小さな声で、ぽろりと言葉を零す。
「弓さんは、弦さんを探しに行ったのでしょうか」
「どうでしょう……?」
晴明の独り言に反応したのは青龍だった。
その後、しばらく静寂が部屋を満たす。そして、決心したように晴明は顔を上げ、青龍に告げた。
「青龍。君は明日、予定通りに四季さんと調査に行って下さい」
「晴明様はなにを?」
「僕は明日、弓さんを探しに行きます」
「ですが……それでは門はどうするのです?」
青龍が晴明に気遣うような目を向けると、晴明はふっと青龍から瞳を逸らす。その大きな二重の瞳が憂い気に伏せられた。
晴明はこのところ、異界の門の見張りでずっと休めていなかったのだ。封印が解かれてしまったため、いつ邪神や悪霊が現世に降り立つか分からない。
特に、もう一体の神がもう姿をくらましているのだ。
土御門家の行方が知れない今、それらを阻止するには、ずっとその門を見張っておくしかないのだ。
「大丈夫ですよ。なるべく体力を消耗しないよう、自力で妖気を辿って探しますから」
そう言う晴明の顔色は悪い。
「……それでは、門の見張りはどうするのです?」
「……朱雀」
晴明は青龍の指摘に逡巡の後、乞うような瞳で朱雀を見た。
「断る」
即座に容赦なく拒絶する朱雀。
「そう言わず……どうかお願いします。明日だけでいいですから」
機嫌の悪い朱雀に晴明はなおも食い下がるが、朱雀は「なぜわらわがそのような下僕のようなことをせねばならぬ」と、不機嫌を露わにして言った。
それを聞いた青龍が、「朱雀、私達は晴明様の式神なんですから、それくらいのこと協力したらどうなのです」と口を挟む。
朱雀はふんっと息を吐いた。
「こんな門ひとつ封印できないようなちんけな小僧に、協力する気などさらさらない。わらわは四神ぞ。好きでお前に従っていると思うな」
朱雀はピシャリとそう告げると、小さな口をきゅっと結ぶ。容姿は綺麗なお人形のようなのに、言うことはきつい。
「あはは……ですよねぇ。面目ないです」
晴明が困ったように小さく笑った。落胆のため息が漏れる。
「さて、困ったね」
この状況、一体どうするか。朱雀は協力してくれそうにない。
弓は容疑者の妹だ。勝手に現世に行って、さらに問題を起こされては困る。弓は度胸がありそうだし、なにをしでかすかわかったものではない。
しかし、かといって異界の門を放っておくわけにもいかない。あの門の封印が解かれたことを知っているのは、今のところここにいる一部の者のみ。
そしてあの門の封印は必須。しかし、今の晴明には、あの門を封じるだけの結界は作れない。せいぜい出入りを感じ取る結界をつける応急処置が関の山。
だが、四季に危険が迫ることだけは防がなくてはならない。晴明は自分の手をじっと見つめ、そして強く握る。
「まぁ……明日一日だけなら、大丈夫でしょう。一応簡単な結界は張っておくから、破られれば分かるでしょうし」
「お前は陰陽師だろう。悪霊ぐらい、目を瞑ってても払えぬようでは、その名を名乗るでない」
「こら、朱雀」
弱気な晴明に対し、なおも容赦なく言い放った朱雀を、青龍が静かに窘める。
「青龍、いいです。朱雀の言う通りですから」
そして、晴明の体に限界が近づいてきていることも事実だ。
「大丈夫。四季さんは必ず、僕が守りますから」
晴明が誰にともなく呟いた。
自分の手に視線を落とした晴明の様子を、青龍と朱雀はなにも言わずに黙って見つめていた。
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