第29話 夏祭り前夜
2年生はもう何度も出撃し、実戦に慣れて来ていた。たいしたケガ人も出ておらず、悪魔ともまだ交戦した事がないためだとは悠理も思う。
それでも、取り乱すことも、ふさぎ込む事も、妙にはしゃぐ事もなく、日常として受け入れ始めている。
1年生のほとんどと2年生の一部がいない寮は閑散としていて、食堂も空いている。
そこで悠理は、笑顔で喋り、いつも通りのグチを言い、冗談を飛ばす生徒達を見て、迷っていた。
(ゼロ距離攻撃のあのコンセプトは、問題点をクリアできれば有効な兵器になるだろうな。
でも、それを行う者の安全と、起動に必要な滅力をどうにかしない限り、実用化は難しい。危険に晒されるのは、この子供達なんだからな)
悠理は見付けた論文を元に、大まかにその兵器について考えていた。
しかし、やはりそれを誰かに言う気にもなれない。
そんな事を悩んでいるうちに、8月に入っていた。
(ああ。今はのんびりとして、猫みたいな生活だな)
悠理はそう思うとクスリと笑みをこぼし、猫に魚肉ソーセージを半分やって、半分をくわえた。
「ミーコも何とか俺に懐いたな」
「にゃっ」
猫は悠理を横目でチラリと見、ソーセージを平らげるとペロリと舌を出して口の周りを舐め、伸びをした。
「でもなあ。ここ以外の区域には悪魔も出てるんだよなあ。ここだって、いつまでも眷属だけって保証はないんだよなあ」
言いながら、そうっと猫に手をのばす。
「にゃっ!」
と、猫は悠理の手を猫パンチで払いのけると、キッと悠理を見て、歩いて行った。
「貰うもの貰ったらサヨナラ!?酷い女だな!」
猫の後ろ姿にそう文句をぶつけた時、帰って来た生徒達が下の船着き場から上がって来たのが見えた。
「あ、均だ」
均の方も悠理に気付いて、屈託のない笑顔で、手を振った。
均も鬼束も黒岩も戻って来た。
鬼束が修行の成果を見てくれと黒岩を引っ張って来たのだが、黒岩は迷惑そうな顔をしていた。
しかし、
「鬼束の修行の成果を披露するんなら、相手は黒岩くらいじゃないとだめだよな」
と言うと満更でもない顔になり、
「まあ、仕方ないな」
と、軽い足取りで寮の前に出た。
それで、悠理と均が見物する中、2人で竹刀での打ち合いを始めた。
時間切れ狙いか力任せしか手がない悠理と、全ての成績が全1年生の真ん中という平均王こと均では、残念ながらその成果というのはわからなかった。
しかし、当の2人には十分だったらしい。
「成程。いい休暇を過ごしてきたようだな、鬼束」
「おう!お前もな、黒岩。ますます手強くなりやがったな!」
などと笑顔で言いながら、肩を叩き合っていた。
「わかったか、均?」
「いや、全く。そういう悠理は?」
「全然。相変わらず元気だな、くらい」
「次元が違うもんな」
悠理と均が、こそこそと言い合う。
「ふうん。黒岩は視野が広くなったか。それに鬼束は、粘りが出たな」
いつの間にか、寮に戻って来た2年生が足を止めて、見物人が増えていた。
「あ、お疲れ様です!」
鬼束がピョコンと頭を下げ、黒岩もそれに倣う。
「ああ、沖川さんと西條さん。お疲れ様です」
悠理は緩く片手をあげて挨拶する。
「お疲れ様です」
均の挨拶は、両者の中間程度の丁寧さだった。
「休暇は楽しんで来たか」
沖川が訊くと、3人共笑って頷いた。
「そう言えば、先輩達の休暇は?」
均が訊くと、西條がふふふと笑う。
「俺も沖川も明日からだぜ。
なあ、知ってるだろうけど、明日市内の神社の夏祭りだろ。お参りがてら外出しないか」
西條が悠理の肩にのしかかりながらそう言う。
「夜店は門限があるから無理だからな」
沖川が釘を刺すように言うと、
「いいですね、6人で行きましょうか」
と均が言い、
「お土産一緒に食べようぜ、夜に」
と鬼束が言い、黒岩もうんうんと頷く。
「お祭りなんて何年振りだろうな。
それに、俺、ここに来て初めての外出だな」
悠理も楽しみになって来た。
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