第46話 バッカニアの血
「さあて、敵は陸から来るだか、それとも海きゃ?」
「うーん……」
「はっきりせえ! 今更おみゃーさがそげんことでどーする。さっさと言わんかい」
「はぁ、軍勢がざっと2万、300艘の船に分乗してだそうで」
「ほーお、少しは手応えが有りそうじゃにゃーか。そーか、海かい。それで、こっちゃに着くのはいつ頃きゃ?」
「おそらく今日の午後早くには」
「そっじゃあ、ちんたらと飯など食っとる暇はにゃーな。なあに、1食ぐらい抜いたって死にゃーせんでなも。それに、少し腹が減っとる位が戦いには向いとるけんの。おお、たまるかあ! 腕が鳴るくさ」
「えっ、腕が臭いの? じゃあ、お風呂にでも入って……」
「そうじゃにゃー! 戦いが待ち遠しいと言っとるんじゃあ」
「げっ。もしかしてお爺さんも戦いに」
「あったりみゃーじゃ。このルイジ様が戦場に立って皆を指揮せんでどないする。この街の長だでな」
あらあら、こういうのって確か、「年寄りの死に水」とか言うんじゃ?
(「冷や水」だ!)
そうだっけ。
失礼しました。
で、
「おみゃーたち、手分けして伝達じゃ。敵は海から来るぞい。準備が整い次第、港に集合するよーに。それから特に海賊衆には、急ぎ戦闘船の用意をするよーに伝えい」
言われた若者たちは鋭敏な、それでいて明るい
「海賊衆!?」(わ・た・し・談)
「おおよ。おみゃーさんも髑髏の旗を見たじゃろうが。この地の民には、遥か昔に海々を思うが
バッカニアの子孫!
お爺さんはひとつ胸を叩き、すたすたと歩き出す。
「あ、どこへ?」
「ワシも
足早に、背は真っ直ぐに、とても老人とは思えない歩きぶり。
どうやら、
そして、立ち並ぶ似たような家の一軒に入って行った…… って、あれっ、あれあれ?
(やっと気付いたか)
う、うん。
似たような、どころじゃない。ずらっと密集する家々があれもこれも、陽光に映える白い煉瓦の外壁も、屋根の高さから玄関の造り、窓の配置まで全く一緒じゃないか!
これじゃあ中の構造まで同一っぽい。
どういうことだ?
(シッダ様とやらの指示だろう)
えっ、そうなの?
(ああ、間違いない。いいか、人間には常に他者より優越しようとする、他人より良い暮らしをしたいという欲がある。なのに、街の皆が同じ造りの家に住むなど我慢できると思うか?)
無理だねぇ。
(その通りだ。普通はすぐに不満が出たり、家を勝手に改造しようとするだろう)
うんうん、そりゃそうだ。
(ところが、これらの家々の様子を見てみろ。察するに、建ってから数百年は経ておるぞ。そんな長きに渡って代々同じ、しかも全く同一の家に住民を満足して住まわせ続けるなど、尋常の統治能力ではない。
超古代のインド文明の遺跡に、かつて
おお、モヘンジョ・ダロですか。
どこかの遺跡で見た映像にあったよね。
確か、
(そうだ。1000年近くものあいだ、街の構造が全く変化しなかったという謎の都市だな。絶対的な統治者が住民を心服させていたのだ。ここと同じく全く同一の造りの家が密集し、上下水道も完備していたぞ。あれは実験的にラファエルとガブリエルがクベーラという一族に命じて、あっ、い、いや、今の話は、むにゃむにゃ……)
この間も、手に手に短い幅広の剣や斧を持ち、短銃を腰に差した人々が海の方角へ駆けて行く。
ほとんどが鎧も付けない軽装だ。
あれで戦えるのか?
(
そうか。
じゃあ、ここの人たちは海の戦いを良く知ってるんだ。
(そういう事だ。あの短い剣は確かカトラスといって、古代の海賊に愛用されていたもので……)
あ、もう、ウンチクはいいです!
それで、そのモヘンジョ・ダロはどうなったの?
(
やっぱりね。
家畜みたいな生活だもの。
それが1000年も続けば住民は、すっかり気力も萎えるよねえ。
暮らしは楽で便利でも、それじゃあ人間の生活とは言えないよ。
(その通りだ。絶対君主を崇め奉って、その指示に従うばかりの柔弱になり切った民など、侵略を受ければひとたまりもない。実験は失敗、あっ、いや、コホン。
えっ、なんでそう思うの?
教えてちょ。説明求む。
(人間の統治者ならば、長いあいだ頂点にあれば、他者への共感や思いやりは失われ、怠惰や自制心の
やっぱり人間って、そんなものかあ……
(お前も知っているだろう。人間の歴史は、そんな支配者の話で溢れておる。およそ例外は存在しない。何十年もの賢明な統治を謳われた王や皇帝でさえ、最後には自らが選んだ後継者と相争って晩節を汚したり。全ては権力への妄執と我欲による帰結だ)
悲しいねえ。
権力の堕落は、やっぱり必然かあ。
(そうだな。悲しいな。そして民の信頼を失い、不満は
なのに、この地では平和な統治が永続し、ということは民の信頼もかちえたままではないか。それだけでも、およそ人間の統治者の成し得るところではない。だから「人外の者に違いない」と言ったのだ。人間でなければ欲も傲慢も、したがって権力の堕落も生じまい。
だが…… しかも彼らの英気も失わせぬとか、驚きだ! 訂正だな。「人外の者」どころか、全く人の統治能力を遥かに超えておる)
あれ? だったらガイアさんはどうなんだ?
あの人も魔族皆に信頼されたまま、民全体の活気を保って300年……
と、ここで
意気揚々とこちらへ歩いて来るあの姿は、襟が高く裾の長い黒地に赤の紋様の上着、黒皮のブーツ、腰の剣、ベルトに差した拳銃や腕に抱えた三角帽まで、絵から抜け出してきたような古風な海賊船長スタイル。
あれは、もしかして
「待たせたにゃーも」
この爺さん、年甲斐もなく形から入るタイプだったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます