第44話 楽園・アガルタのルイジだべぇ
なるべく柔らかく着地したつもりらしいけど、なにしろこの巨体だ。
重く低い衝撃音が響き渡って地面は激しく揺れ、家々の屋根の瓦が落ちて、あちこちで
今の今まで相争っていた無数の人々も、激しい振動に耐えきれず膝をついたり、両手をついて四つん這いになったりして、オスカル君を見上げ、驚き茫然とするばかり。
よし! 上手くいった。
(危うい事をする。もしもイシュタルが風の魔法を使えなかったらどうなったと思うのだ。軽く数十人はフェンリルに踏み潰されていたところだぞ)
えっ? だってイシュタルは、暴風の魔神だっていうゼブルさんの娘だし、攻撃魔法は得意だって聞いたから。
(だからといって、風の魔法が得意とは限らぬではないか)
え~と、その時は私が代わりに風の魔法で。
(加減を知らぬお前がか? それこそ凄まじい突風か、下手をすると竜巻なぞになって大惨事だったのではないか)
ううっ…… あっ、そうだ! 強制転移の魔法で近くに跳ばせばいいんだよ。
もちろん最初からわかってましたって。
全ては想定内ですとも。えへん。
(ミエミエの後付けだな)
「あっはっは!」
(笑って誤魔化すな)
「(完全に無視して)オスカル君、遠吠え!」
「は、はぁ?」
「
「そ、そんなこと言われても、恥ずかしぃ」
「恥ずかしがってる場合じゃないって! これだけ目立つ巨体になったのに、何を今さら」
「はあ、では、ウぅぅぅゥウぅぅぅぅ、ゥぉぉぉぉぉぉ~⤵」
「何それ? もっと気合入れなさい!」
「ゥゥぅぅぅ…… ウオオオ――――――————ッ!!!」
おお、前半はともかく、後半は
魂まで畏怖させるような逞しいその声、鋭く尖った顔を天に挑むように突き上げて吠える勇壮なその姿、誰が見ても立派な王者の風格だね。
やれば出来るじゃないか。
辺りの人々は、その威風にうたれて揃って身震いした。
よーし、これで充分かな。
私はオスカル君の背から飛び、地面に降り立つなり周囲の皆を睨みつけ、声を張り上げて言った。
「争いはやめなさーい!!」
し――――――ん。
「人種や宗教の違いで戦うなんて馬鹿げてる!!」
でもやっぱり、し――――――ん。
何か変だぞ。
「聞いてるの!? これ以上続けるなら私たちが相手になります!!!」
誰もかれも無言。
なんだか調子狂うなあ。
巨大フェンリルにまだ
いや、そんな様子でもないなあ。
どっちかっていうと、私に呆れて目は真ん丸、口を開けてぽか~んって感じ。
何でだよ。
するとそこに、屈強な男たちをかき分けて、1人の痩せこけた、中背の、白と赤に彩色された
仮面を取ると、ついに出たな、
あーあ、ここまで辿り着くのも大変だったみたい。
苦しそうに肩で息をしながら
「お、お、お嬢さん、はぁぁ……。な、何か勘違いをしておられるのではごわんか」
だそうだ。
てか、「ごわんか」って何? 方言?
「だって、現にみんなが戦って」
「ぜぇぜぇ…… ぐっ、こ、これは祭りですじゃ」
なーんだ、それなら安心、じゃない!
どういうこと?
「ふぅ…… ね、年に1度、体力気力に溢れた若者が集まり、4隊の集団に分かれて、日頃鍛えた武芸の技を競うので、こ、コホン…… ですじゃ。ご、覧なんしょ。どの旗の下にも様々な肌の色をした者が居りますでしょうが。人種や宗教の違いに関わる争いではないのですじゃ」
言われてみれば、4つのどの旗の下に集う人々も、肌や髪の色はまちまちだ。
燃え盛る青い太陽に肌色で皮肉な笑顔、錦地に黄色の菊花、黒地に白い
確かに異なるものが4種あるけど、それを掲げる人々も、それぞれの陣地から戦いに繰り出して来たらしい屈強な若者たちも、どの集団も肌の色は陽に焼けて赤味がかった白だったり、黒や褐色や黄色だったり、髪の色も金髪や栗色、黒髪や赤毛といった混成の軍団だ。
旗の下に1つの人種が陣取って、他の人種と戦うって感じじゃないぞ。
ということは、信じる宗教も混成、なんでもアリってことか?
例の白い虎さんの話と全然違うじゃないか。
あ、そうだ。
「武器を持って斬り合ってる人たちもいるじゃないですか」
「あ、あれはみんな模擬刀や、それらしく色を塗った木製の武器やんけ…… ケホッ、ケホッ…… と、とにかくそうやんけ。殴ったり蹴り合うにしても、武器を持って戦うにしても、相手に致命傷を負わせない程度に加減するけん。言わば喧嘩祭りだみゃー。はぁ、ぜぃぜぃ…… お、おえっ!」
やんけ!
するけん!
みゃー!
お爺さん、だんだんと訳のわからない混成方言が暴走してません?
まあ、言ってる意味はわかりますけど。
おまけに、頑張って喋り過ぎて吐き気まで催してるご様子。
「おお、申し遅れたばってん、私はアガルタの
ルイジ!
じゃあ、マ〇オはどこだ?
「お爺さん、ちょっと落ち着きましょう。はい、深呼吸」
「すーはぁ~、すーはぁ~」
「はい、もう1度」
「すーはぁ~、すーはぁ~、はぁ~」
「
「べろーん」
「あらまあ、舌も健康色だし、歯も真っ白で虫歯もほとんど無いじゃないですか。凄ーい」
ここでようやく御老人は顔にも血色が戻り、健康を褒められて満更でもない表情だ。
「では話を続けましょうか。アガルタって?」
「この街の名前じゃけん。争いのない平和な街が続くことを願って、
じゃけん!
べっちゃ!
「でも、この土地では人種と宗教の違いが原因で、4つの集団に分かれて争ってるって……」
「ああ、遠い昔にはそんなこともあったようっちゃねえ。ば、ばってん、ある時、肌も髪の色も真っ白な、神々しい姿の1人の沙門様がこの地に来られたばい」
「シャモンって?」
「インドのお坊様ですじゃ。その方が我らの争いの無意味さを説かれてくさ。初めは耳をかさなかった村人たちも、日照りに雨を呼んだり病人を癒したりといった沙門様の通力に『たまるかぁ!』と驚いて、次第次第に帰依する者が多くなったぜよ。おかげで今では幾つかの村々が
促されるままに周りを見ると、全てが同じような焼煉瓦造りの家が並ぶ整然とした街並みだべっちゃねぇ。
確かに、人種や文化が違って争っているならば、こんな整然とした街造りなんて出来っこない。
すると、あの虎さんの情報は相当に古かったってことか?
(肌も髪も真っ白なインドの沙門だと。ふーむ)
「それでにゃーも、年に1度、若い者たちの闘争心や体力を発散するためにだぁ、日頃鍛えた武芸と力を模擬戦で競わせておるずらぁよ」
「でもそうすると、私たちは年に1度の折角のお祭りの邪魔をしたってことに」
「まあ、そういうことでんがな」
でんがな!
うう、何だかあっちこっちの方言や
「まあ、それはええ。祭りは所詮遊びじゃけんな。はぁ。ところでおめえ様達は、この地に何をしに来なすっただ?」
「あ、それそれ! 危ないんですよ」
「危ない? 何のことだべ」
「教会軍がここに迫ってるんです。だから皆さんには早く避難してもらわないと」
「教会がこの街に何の用どすか?」
「『どすか』って、いや、だから、とにかく危ないんどすえ」
「おみゃーさ、こっちゃの言葉がうつっとるじゃにゃーか。落ちつきんさい」
「私たちを狙って、そして多分ついでにこの街も」
「はあ? なしてそないな事に」
「私たち、教会と敵対してるんです。それで、今回の旅の目的地がここだと知ったらしくって、この地で私たちを討とうと教会の軍が動き出して」
「ほったら、おみゃーさん達がこの土地に難を招いたようなもんじゃにゃーきゃ! ここ数百年、内乱も侵略もなかった平和なこのアガルタの地に!」
すると、ここまで興味
ありゃりゃ、困っちゃったんだべ――――――――
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