第32話 フェンリルって、さらさらのモフモフで「ぴっかぴか」

 犬や狼の肌は猫科の動物と違って水をはじくし、寒さに強いから、このくらいの気温なら水でもいいんだけど、せっかく魔導仕掛けで適温のお湯が出るようにしたんだから、ここはやっぱりそれを使いたい。

 たっぷりお湯をかけて汚れをざっと流したら、今度はいよいよシャンプーだ。

 手持ちのシャンプーには動物用はないので、ここは人間用でいく。

 戸惑って手足をすくめ小さくフェンリルにしては丸まってくれているのは好都合。まずは背中にたっぷり液を振りかけて力を入れて皮膚までゴシゴシと、でも爪は立てないように注意して洗う。


「どう? 気持ちいいでしょう」

「……はあ……」


 でも予想通り、なかなか泡が立たない。やっぱり相当に汚れてるな。

 まあ、丹念にやるしかないか。

 えっ、なんで清浄魔法で一瞬でやらないかって?

 それはねえ、単純にからさ。

 だって私、ペットなんか飼ったことないもの。

 そんな環境じゃなかったしね。

 犬や猫を、こんな風に洗ってやるのに実は憧れてたんだ。


 両手でゴシゴシやること10分あまり。なにしろ巨体だから時間がかかる。

 やっと背中や尻尾、四肢を洗い終えたから、今度はお腹だ。


「さあ、仰向けになって」

「えっ! そ、それは……」

「何なの。都合が悪いの?」

「……ぉ、狼や犬が仰向けになって腹部を晒すのは、服従の意思を示す時だけなので……」

「だったら問題ないでしょ。あなたは私のお供なんだから、つまり私があるじってことだよね」

「それは確かにぃ、そうですがぁ……」

「でしょう。つべこべ言わずにお腹を見せなさい。洗うよ!」


 しぶしぶお腹を見せたので、また両手で力一杯ゴシゴシゴシ。

 首や脇の下とか、後ろ脚の付け根とか、微妙な箇所を洗うと気持ちがいいのか、それともくすぐったいのか、目をつぶって微妙な表情だ。

 そして私は柄付きの大型ブラシを取り出す。


「アスラ様、それは何を……」

「決まってるでしょ。股間の大事な所を洗うのよ。まさか手で洗うとか、私、絶対に嫌だからね!」

「ぃ、嫌なら無理に洗わずともぉ」

「そうはいかないでしょ。ここが一番不潔になりやすいんだから!」


 身体をよじって逃げようとするのを脚をつかまえて、強引にブラシでゴシゴシゴシ……(以下略)


 お湯をかけて一度泡を落として二度洗い。


「……ァ、アスラ様、なぜ2回も……」

「ウルサイなあ。シャンプーは二度洗いって決まってるの。そうじゃないと毛は汚れがしっかり落ちないでしょ!」

「は、はぁ……」


 お腹が終わったら今度は腹這いにさせて背中を再度シャンプーをかけてゴシゴシゴシ。よーし、さすがに2回目は泡立ちがちがうぞぉ。泡・あわ・アワでゴシゴシゴシゴシ……(以下略)


 最後に顔を軽く洗って、それからお湯で泡を綺麗に流して、さあ出来上がり!


「さあ、もう立っていいよ」


 と、ここで、オスカル君がっと全身を激しく震わせて水気を弾き飛ばした。

 しまった! 犬や狼にはコレがあるのを忘れてた。

 おかげで私も全身お湯まみれになってしまった。


「あっ、も、申し訳ありません! つ、つい……」

「まあいいよ、大丈夫。習性だもんね。仕方がないって」


 後はタオルを何枚も使って全身を拭いてやって、毛がもつれないように櫛を通して、極小の風の魔法で乾かして……


「はい出来上がり。ぴっかぴか。カッコ良くなったぞぉ」

「ァ、アスラ様が御世辞など……」


 いえいえお世辞なんかじゃありませんって。

 正直ここまで変貌するなんて思ってなかった程だもの。

 灰色に見えていた毛並みは、今はあおみがかった暗い銀色で、絹糸のように細いさらさらの、つやのある直毛だ。

 首や胸、四肢や尻尾には少し明るい色の飾り毛がふさふさのモフモフで、うーん、優雅というか触ってみると癒されるというか。

 性格からは考えられない威厳と美しさに、ちょっと見とれてしまった。

 人間の私でさえこうなんだから、これは雌フェンリルの皆さんは放っておかないな。

 あ、でもそうすると、この性格でどんな反応をするんだろう?

 まあいいや。そこまでの責任は持てませんって。



 ところが、一仕事終えていい気持ちで居間に戻ると……

 慌てて窓を全て開け放ち、暖炉に薪をくべて火をつけようとしている二人に聞くと、なんとスカンクに遭遇してしまったのだそうだ。


「茂みから飛び出して来たのと鉢合わせになって、向こうも驚いたのか、慌てて逃げる時に強烈なガスを一発……」

「アンタがアタシたちに薪拾いなんかさせるからよ!」

「あーウルサイ、臭い。たまらない! とにかくお風呂に入ってにおいを落としてきなさい。服もちゃんと着替えて、それから食事!」


 と、窓を全開にして二人を浴室に送り込んだ。

 でも、食事とは言ったものの、空気がすっかり入れ替わるまでは無理そう。

 せっかく綺麗になったオスカル君の毛並みに異臭が沁みつかないといいけど。

 ありゃりゃ、暖炉の前で床にうずくまって、目を閉じて両方の前足で鼻を抑えてるぞ。

 まあね、嗅覚が敏感だから、この臭いはそりゃあこたえるよね。

 さっきの威厳はどこへやら。


 おっ、気持ちいい風が吹いてきた。

 そうだ! 臭いがこもらないように二階の窓も開け放っておこう。

 虫の鳴き声がして、遠くにはコヨーテらしい遠吠えが聞こえる。

 ぷぷぷ、狼族の親玉がここに居るとは、まさか思わないだろうなあ。

 この辺りはピューマの生息地だけど、フェンリルなんか見たら、ライオンだって虎だってこそこそ退散しそう。


 とか考えてたら、来た!

 コヨーテが挨拶に、ではなくて、最初は暗がりでピューマかと見えたそれは、なんと

 はあ? なんでこんな所にホワイトタイガーが――――

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