第17話 不味いシーラカンスと、美味しいクエとフグ料理 ☆☆

「どういう事じゃ?」

「昨日、ゼブルさんから聞いたんです。火災で家を失った人たちの食料事情が悪いって」

「う…… それはもしかして、火事の原因を作った妾を責めておるのか?」


 あれ、痛いところ突いちゃった?


「あ、いや、そういう意味じゃなくて、支給される料理に被災者から苦情が出てるっていうから、この際、魔王軍の食事も含めてメニューを改善しようかと」

「ふむ。それは被災者も兵士も喜ぶであろうが、しかし、相当の人数だぞ」


 そこなんだよねえ、難点は。大人数に手早く供することのできる料理っていったら、やっぱり種類は限られてくるし。

 とにかく、まずは使える食材の確認だ。


 そこで、ゼブルさんに案内されて、魔王城の食糧庫に向かう。

 料理! ということで今回はガイアさんは不参加。執務室に残って、一人でリゾート建設の計画を立てて頂くことにする。

 本人は少し不満そうだったけど、やっぱりガイアさんに料理はねえ……


 途中で厨房に寄ってファフニール君に声をかけて、それから中庭に出たら私たちを見かけた「ふーちゃん」が喜んで「ぴーぴー」鳴きながら寄ってきて、背の高い方から低い方へ、ゼブルさん・ファフニール君・私・ふーちゃん、なんて縦に並んで歩く姿は、はたから見たら、まるでカルガモの親子の行列だな、これは。

 あ、でも、いつもエラソーでお喋りなあのはどうした?


「そういえば、バベル君は? 今日はまだ見かけてないけど」

、と言えば、やはりガスカル」(ゼブル氏・談)

「はあ?」


(ゼブルめ、やっと調子が戻ったようだな)


「お分かりになりませんか? 『マダガスカル』というのは古代に言うインド洋、アフリカ大陸の南部寄りに位置する島で、そう、原始の、いわゆる硬骨魚類に属するシーラカンスが発見された事でも有名です…… あ、いや、オホン全くウケなかったことに、やっと気付いたらしい!」

「あのぉ…… 『マダガスカル』って?」

「いや、別に深い意味はありませんぞオヤジギャグに深い意味があってたまるか!。ただちょっと、面白いかなと思って全然、オモシロイ筈がない!。あ、バベルさんでしたら、今朝早くから護衛の兵士と共に、獣王軍を率いて獣人領へと向かいました」

「へえ、そうだったんだ」

「はい。まさかあの大軍をずっと城外に野営させて留めておく訳にも参りませんでしょう。そこでバベルさんを取り敢えずの獣王代理として、軍の帰還と、獣王領の戦後処理を任せたのです。本人はまだアスラ様のそばに居たかった様なのを、長時間かけて説得しましたら、何とか渋々ながらも承諾してくれまして」


 ふーん、大軍を率いて先頭を意気揚々と歩く黒猫の姿とか、一見の価値があったろうなあ。立派? 晴れ姿?笑える? シュールなギャグ?

 きっと偉そうに尻尾を真っ直ぐに立てて、鼻づらをちょっと上に向けて…… う~ん、見たかった!


「勿論、今日は例の変身後の黒豹姿で、残念ながら尻尾は立てておりませんでしたな」


 え?


(おお、この何日かで、もうお前の思考パターンが読めるようになっておるではないか! さすがゼブルだ)


 何が「さすが」なんだか。ぶすーっ。


「ですが、あの調子だと、短期間で獣王代理職など投げ出して帰って来るかもしれませんな。まあ、その時はその時で…… ちなみに、先程のシーラカンスですが、魚類とはいえ、尿素や人間の消化能力には合わない油分などが多く含まれているので、下痢を引き起こす恐れがあるとか。しかも味は激不味マズらしく、とてもの事に食用にはならないそうです。鱗からは粘液を放出し、それが体内の過剰な油と合わさって、とてもヌルヌルした魚…… ああ、話しているだけで気持ち悪いですな」


 じゃあ話すなよ! この人は、ちょっと余裕が出てくるとコレだ。

 シーラカンスなんか食べようとか思うか、ふつう?


(我は食べたぞ)


 え、マジ?


(ああ、体長3~4フィートの、深海に住む顔の魚だな。ゼブルの話とは逆に見た目とは大違いの、ごくあっさりとした味で、鍋料理や刺身にしても上々。目の周りの肉のゼラチン質の食感は珍味だし、ヒレやエラさえも唐揚げにして、内臓まで全て煮たり湯引きにして食べられるのだ。捨てる箇所無し、などと言うぞ)


 それ、シーラカンスじゃなくて、もしかして「クエ」って魚じゃない地方によっては「アラ」とも言うらしい


(そうなのか?)


 うん。見た目はちょっと似てるけどね。

 「ハタ科」らしいよ。人によっては「フグ」より美味しいって言うらしいね。


(おお、フグか! あれは旨いな。毒のある内臓はともかく、淡白で、それでいて滋味のある身は絶品だ。魚としては例外的に、全く魚類特有の生臭みが無いのだ。薄切りにした刺身ときたら、向こうが透けて見えるほど極薄なのに身の食感はもちもちと弾力ある歯ごたえで、これをポン酢醤油にトウガラシとダイコンを入れて混ぜたモミジおろしで食べると…… うーむ! あれは古代でも「二ホン」の他のどんな国でも味わえない美味であった)


 白子しらこっていうのもあったよね。何だっけ?


(あれはフグの精巣だ。「とろ~り」として、生で食べても熱を加えても極上だぞ。ただし、逆に雌のフグの卵巣は絶対に食べるなよ。アレには猛毒があって、ひと口で死に至るのだ。多少の毒耐性では耐えられぬかも知れぬぞ。あ、しかし、コメのヌカに長期間漬けると毒が抜けるのだったか、確か、そういう珍味もあったようだぞ。……

 それに、フグの唇は見た目はグロだが「ぷるんぷるん」で、その通りコラーゲンたっぷりで、食べるともう翌日、女性の肌の艶が違う!)


 はいはい。それで、シーラカンスはどうなった?


(そんな事はもうどうでも良い。とにかくフグは旨い! おお、そうだ、「クエ」だったな。あれも勿論、フグに劣らぬ美味で…… そうか、「ハタ科」か。あの種類の魚には美味なものが多いぞ。石班魚、特に赤い種類、いわゆるキジハタだが、これを清蒸(チャンチャン? 国や地方によってはチンチンと発音?)にして香采(チャンツアイ、つまりコリアンダー)を散らし、酢醤油で食べると、これがまた中華の魚料理としては最高で……淡白な、でも上品で微妙な海の味わいがあって!)


 おお、それは、とてもとても美味しそう。

 でも、大型の魚の蒸し料理とか難しそうだなあ。

 蒸しが足りないと骨の周りに生の赤味や血が残って、げげげ。

 逆に蒸し過ぎると味気ないパサパサで。

 それに、この地方に近い海でキジハタなんているの?

 う~ん、でも食べてみたい。


 なんて、いつものあれやこれや。

 魚料理はともかく、今の問題は被災者と魔王軍の今日の昼食だ。

 なるべく早く用意できるもので、目先が変わって満足できるもの。

 そんな料理って何だろう?


 考えながら食料貯蔵庫に入ると、まず目についたのは、うず高く積み上げられた布袋。


「これは何?」


 と聞くと、小麦粉やコメなどの穀類、それにジャガイモとトウモロコシだそうだ。まあね、この辺は北の地方だから、そういう種類の穀物は豊富だろう。それを粉にしたトウモロコシ粉も大量にあるらしい。他に大小の豆類もあれやこれや。

 横に積んであるのはやはり大量のタマネギと、カブやニンジンなどの根菜類。

 隣の温度調節がされた部屋にはキャベツやレタスといった葉野菜、トマトやセロリ、果物、マッシュルームなどのキノコ類。

 そして最後の部屋には肉類とハムやソーセージ、チーズやバターなどの乳製品。それにマスなどの川魚、塩漬けにした海の魚なんかもあるぞ。


 うーん、これで何を作ろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る