ログイン16 正面にいるのは誰、神の遣い人?

「あなた・・・それが使えるのね・・・!!!」


 どれほどの間瞳を閉じていただろうか。突如として放たれた光が発散したかも分からぬ、この暗闇の世界の中を礼央は一人彷徨っていた。いや、目を開けるタイミングを逃した、と表現する方が正しいかもしれない。とにかく、じっと佇んで時の流れをゆるりと感じていた時、どこかから人の声が聞こえてきた。


「誰かそこにいるのか?」


「えぇ、いるわよ。あなたの目の前にね」


 なるほど、声の持ち主はどうやら礼央の目の前に立っているようであった。返答の声が、強く鼓膜を振動させたのは、その距離感の近さから来るものであったのか。


「すまない。俺は、まだ目を開けることができないんだ。要件があるなら、後にしてもらえれば助かる!」


「何で目を開けることができないの?」


 キョトンとした顔を浮かべているのだろう。うん、目を開けずともそんなことは手に取るように分かる。だが、知らないのだ。目の前にいる人物は、あの眩く視力を奪い去ろうとする、強く眩い光のことを!


「永遠の暗闇という業を背負うことになるからだ。今、目を開ければな」


「だから、それが何でかって聞いているのよ! こんなのどかな自然あふれる森の中の、どこにそんな危険性があるっていうのかしら??」


「君は知らないんだ!! あの脅威の光のことをね!!」


「だから!! それは、もう無くなったって言ってるのよ!!」


え、と情けない言葉が口から漏れる。そして、その言葉だけを頼りに、礼央はゆっくりと閉ざしていた光を受け入れる体勢に入る。細く開かれただけにも関わらず、入り込む隙を見つけた砂のように、飛び込んでくる陽光。それだけで、再び強く瞼を閉ざしそうになる。


しかし、何度か強く瞬きをすると、光の強さに慣れてきたようだ。チカチカしていた目は次第に、外の明るさに順応し、今では鮮明に周りの景色を映し出している。ついでに、本当に目の前に立っていた人物の姿も。


「ようやくご対面できたわね、神の遣い人に!」


「神の遣い人・・?? 一体何を言っているんだ???」


「惚けても無駄だからね! ちゃんと証拠をこの目で見たんだから。あなたが、この錆び果てた銅像から、神の力を引き出しているところをね!!」


 この緑溢れる自然の中で、相反するように赤色の髪の毛を盛大に揺らす。礼央からしてみると、理解できぬことを連続して投下してくる目の前の女性。彼女は、言いたいことを言い切ると、光とはまた違う目を逸らしたくなる眩しい笑顔をこぼした。


いや、視線を逸らしたくなったのは彼女の顔が、今まで会ってきた人の中で群を抜いて整っていたからかもしれない。前髪に触れそうなほど長いまつ毛は、瞬きの度に誘惑するかのように踊っている。その下で煌めかせる二重の瞳は、少し茶系に色が入っているのだろうか。正しく、人形がそのまま人間になっているかのような容姿をしていた。


 だが、そのまま視線を下に降ろした時。礼央は、一つの大事な事実を目にした。今まで浮かれていた頭から、ピンク色に染められた考えは突如として吹き飛んだ。


「神の力はないけど、そんなことはどうだっていいよ。君、足はどうしたの!?」


「え、これ?」


 そういうと、彼女は問題の左足をこちら側にゆっくりと突き出してきた。顔が意図せず歪んでしまうのは、その痛みからだろう。膝の皿から少し下にかけて、大きく通常の肌色から色を変色させている。青色と灰色を足したような色だ。これは、ただの打身とかで済む怪我ではないことは一目瞭然であった。


「この森に番人みたいな化け物がいたでしょう? そいつから逃げるときに、転んじゃってさ。その時に、足を変な風に挫いちゃったみたいなの」


 嘲笑を浮かべながら、言葉を溢す彼女。痛みに顔を歪めながらも、笑顔を浮かべる彼女の心の強さには脱帽する。だが、今はそんなことをしている場合ではないことを、礼央はこの場にいる誰よりも強く感じ取っていた。


「早くここから出るよ。この怪我は一秒でも早く医者に診てもらわないとダメなやつだよ。詳しい話はその後にたっぷりとしよう」


「え、うん・・・ってちょっと!!! 何をしているの!!??」


 礼央は、前触れもなくその場にしゃがみ込む。そして、彼女の見るも無惨な足を今一度じっくり見た後に、自分の手をゆっくりと伸ばす。怪我が悪化しないように細心の注意を払いながら、そのまま足に力を入れて、彼女を抱きかかえながら立ち上がった。


「こんな足で、不安定な足場の中を歩かせることなんて俺にはできないよ」


「だからって・・・いきなりお姫様抱っこなんてしなくても・・・」


 彼女は、言い終わる前に礼央から顔を背けた。礼央はその行為に少し違和感を覚えたものの、特に気を止めることなく正面を見て歩き始める。森を吹き抜ける爽やかな風にそそられ、宙を彼女の髪の毛が僅かに靡く。その隙間から垣間見えた彼女の顔も、その色と変わらぬ赤い色が広がっていた。


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 礼央と彼女が立ち去る背中を眺めながら、出来事の一部始終を見ていた涙の女神像。自分の身体を構成する物質が溶け始めたことにより、目から頬にかけて一線の筋を作っている。その姿が涙を流しているように見えたことで、名称がつけられたほどこの女神像を表す特徴的な部分だ。


物質が溶け始めた原因は分かっていない。自然の摂理なのか、それとも全く異なる要因があるのか。しかし、今この瞬間、女神像の目から一つの雫が生まれた。何者にも汚されていない純白の水滴。それは、誰に阻害されることなく、そのまま地面に落ちていった。


 誰の目にも触れることがないまま。




 


 

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