蠍の火



昔野原に 蠍あり

虫を殺しては 食べにしが

いたちに追われ 逃げ惑い

不意に落ちにけり 井戸の底


飛び跳ね羽ばたき 上らんと

はさみを立てれど 甲斐は無く

次第に蠍は 溺れだし

涙を溜めて 祈りけり


虫を殺せし 我なれど

迫る鼬には 逃げにけり

しかれど今は この事態

何をこそ当てに するべきか


嗚呼などて我は 我が肉を

憐れな鼬に あげざりき?

さすれば鼬も 我を食い

一日なりとも 生きせしを


神よご覧ぜよ 我が胸を

かほどに虚しく 捨てざらで

せめて次こそは 我が命

皆の幸いに 用立てん


暗き井戸水に 涙落ち

独り夜空を 仰ぎ見し

蠍はいつしか 赤く燃え

天に星となり 煌きつ




――――――――――――――――

元ネタ:宮沢賢治「銀河鉄道の夜」



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