第86話

 アンナ公爵夫人の、肉食獣が獲物を見つけた様な視線にビビっていると、話の話題がいつの間にか変な方向へと変わっていた。


「しかしのう、剣士として大成たいせいしたのは嬉しいのじゃが、男として未だに浮いた話の一つも聞いた事がないのが心配じゃ」

「王国最強格の剣士なのにですか?」


 ナタリーさんが純粋に疑問を感じて、首を傾げながらジャック爺に質問する。


「う~む、何といったらいいかのう。ベイルトン辺境伯領では、強い戦士たちや魔法使いたちは、女性に好意を抱かれるよりも、どちらかという純粋な憧れや尊敬といった感情を抱かれるんじゃ。勿論、女性に関しても同様じゃな。じゃから、強き者たちは強き者同士で夫婦になりやすいのが、ベイルトン辺境伯領で暮らす強者たちの現状じゃな」

「それじゃあ、ウォルターさんは強すぎるから、憧れや尊敬から先に進まないという事ですか?」

「うむ、そう言う事になるの。余りにも強くなり過ぎたが故に、同年代では並び立てる者がおらん。その上、一つ二つの上の世代ですらも超えておるから、その者たちからも強い敬意を抱かれておる」

「確かウォルターさんには、お兄さんがお二人いらっしゃいましたよね?お兄さんたちの方はどうなんですか?」

「あ奴らに関しては、どちらも魔法使いとして一流であると断言出来る。じゃがウォルターと言う化物と比べると、どちらも優秀という評価となってしまうの。ウォルター程突き抜けておらんからなのか、兄弟とも早々に婚約者を見つけておったの」

「…………これはますます、こちらとっても都合が良い状況ね」


 再び、アンナ公爵夫人の小さな呟きを俺の耳が捉えた。しかし、何を言っているのかまでは分からない。しかし、変わらず肉食獣の獲物を狙う目を向けてくるので、非常に怖い事には変わりない。

 それに先程から、何か嫌な流れになりかけているのかもしれないという事を、直感が警鐘を鳴らして伝えてくる。しかしそれと同時に、この流れを切っても良い事はないという、相反する警鐘も鳴らして伝えてくる。一体どうすればいいのか分からないままに、どう動く事も出来ないままでいると、ジャック爺の感情が次第に高ぶっていく。

 ジャック爺自身の家族はいない。ご両親は既に亡くなっているし、ご姉弟はベイルトン辺境伯領で暮らしている。一度結婚した事があるそうだが、その女性と結婚生活の件で言い争いになってから上手くいかなくなり、離婚に至ったそうだ。まあ本人も言っていたが、魔法に関する研究が好きで、研究を第一に考えて生活している男との結婚は、理解してくれる相手ではないと難しいだろうな。

 それを俺に置き換えてみると、簡単に死なないために強くなりたくて、それを第一に考えている男との結婚は、どちらも幸せになれる未来が今は見えない。ジャック爺が色々と想ってくれるのは嬉しいのだが、早々簡単に結婚相手が見つかる事はないだろう。まあ、何かの幸運に恵まれて結婚出来たとしたら、ジャック爺が生きている間には子供の顔を見せたいとは思う。

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