第80話

 王族とカルフォン公爵家、ベルナール公爵が魔境に向かわせた戦力が壊滅してから、一ヶ月ほど経った。今日は久々にカノッサ公爵家へと訪れ、アンナ公爵夫人やイザベラ嬢たちと再会する。

 あの桃から始まった騒動は、今や王都全体へと広まっている。マルグリット嬢の誕生日パーティーでの話は、王都の貴族たちへと広まり、そして商人たちへと広まっていった。だが王族や二つの公爵家の戦力が減少した事については、箝口令かんこうれいが敷かれたので知られてはいない。

 王都中へと桃に関する情報が広まった事で、当然の様に俺に関する情報も広まっていった。個人情報保護法なんてもののない時代に世界。お喋り好き・自称情報通・マウント大好きな者たちによって、マルグリット嬢の誕生日パーティーの様子や、俺についての個人情報がある事ない事噂として広まった。

 その結果、王都中の貴族や商人から面会依頼が殺到し、騎士学院で働く事務方の皆さんの業務を一時逼迫させてしまった。その対策として、色々と忙しく動き回っていたので、中々イザベラ嬢たちに会う事も話す事も出来なかった。


「色々と動き回っていた様ですね?」

「ええ、本当に忙しかったです。誰も彼もが桃がある場所を求めてきましたし、人によっては、無遠慮に無償で寄越せと言ってくる事もありました」

「へぇ、そうなの。ちなみに、どこの誰が言ってきたのか分かってるの?」

「当然です。直接面会した人たちについては、全て記録を取っていました。どの様な人物なのか、面会でどの様な事を言ってきたのかなど、事細かに記してあります」

「……それ、後で当家にも写しをとらせてもらえないかしら」

「はい、構いません。今、お渡ししておきましょうか?」

「助かるわ」


 アンナ公爵夫人は、机の上に置かれたベルを手に取り鳴らし、近くにいた使用人を部屋の中へと入れる。そして中に入ってきたメイドさんに、執事長さんを呼んでくるように伝えている。


(執事長さんを呼ぶって事は、これらの情報はカノッサ公爵に報告がいき、カノッサ公爵家全体で扱う情報にするって事か。この情報は使える情報ではあるが、重要な情報ではないんだがな。まあ、俺にとってはそうであっても、アンナ様やカノッサ公爵にとっては違うのかもしれないな)


 そんな事を考えていると、部屋の扉が三回ノックされる。アンナ公爵夫人が入室の許可を与えると、柔らかい雰囲気を纏う執事長さんが部屋の中に入ってくる。


「ウォルターさん、ヘイズに記録を取った情報を渡してくれる?」

「はい、分かりました」


 俺はバックパックから、面会した者たちの情報を記した紙の束を取り出す。それを、執事長さんに手渡す。執事長さんはその紙束を受け取り、チラリとアンナ公爵夫人を見る。


「ウォルターさん、これはお預かりしても?」

「はい、大丈夫です」

「ヘイズ、この紙束全てを正確に写してちょうだい。それから、全てを映し終えたら、紛失しない様に保管しておいて」

「承りました。では、直ぐに取り掛かります」

「頼んだわね」

「失礼します」


 執事長さんは綺麗な一礼をしてから、この部屋から去っていった。カノッサ公爵家の執事長ともなると、所作の一つ一つからして見ても、上位貴族に引けを取らない美しさや綺麗さがあるな。本人の長い努力や積み重ねもあり、カノッサ公爵やアンナ公爵夫人の信頼を勝ち取り、公爵家の執事長にまで上り詰めたのだろう。


「それにしても分厚かったですね。あれは相当な数の人と面会をしたのでは?」

「あれでも、断れなさそうな相手だけに絞り込んだんですけどね。でもまあ、俺もこれ以上忙しくなるのは困るので、手を打っておきました」

「手を打った、ですか?」

「王都の全ての貴族や商人たちに対して、王族などのに対して開示した内容と同じ情報を、騎士学院を通して通達してもらいました。そのお蔭もあってか、ようやく落ち着く事が出来ました。今頃は、情報を知った者たちが桃を手にするために、色々と画策してるんじゃないですかね」


 色々と画策するのも、桃を手に入れようとするのも自由だ。だが面会した人全員の、魔境に対する認識が非常に甘かった。そんな人たちが用意する戦力は、恐らく王族たちが向かわせた戦力と同じ末路を辿るだろう。

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