『ライ』カンスロープと死妖姫
にのまえ あきら
【プロローグ】
先日初めて会ったばかりだというのに、街灯に照らされる彼女の姿は見違えていた。
夕闇の中、満開の
「え……身体真っ二つに引き裂かれたんじゃ?」
「わざわざ言わないでくださいよぉ。恥ずかしいじゃないですか」
彼女は周囲に散るチゾメホムラの花びらがごとく頬を染めながら、スクールバッグとウェーブがかった紫髪をブンブンと振った。日没から元気なことだ。
「一応聞くけど、伊丹さんってことでいいんだよね?」
僕の中の常識に照らし合わせれば、彼女は今ごろ病院のベッドで包帯ぐるぐる巻きにされているべきなのだ。けれど、当の本人は問いの意味がわからないという感じで。
「む、わたしが
「だって、あんまり綺麗になって帰ってきたものだから……」
「なに言ってるんですかぁ。わたしは元から綺麗じゃないで・す・か♪」
「あ、学校行かないと遅れちゃうよ。伊丹さんも行こう」
「無視⁉︎ わたしのボケ完全に無視⁉︎ せめて何かしら反応してくださいよぉ!」
断る。夜からツッコミするのはカロリーが高い。
「それにしても
あんなの普通なら絶対死んでるはずなのに」
「そりゃ
伊丹さんはしみじみと言って、僕に視線を向ける。
「
「ん、んん……」
彼女の問いで先日の出来事を思い出してしまい、ため息をつく。
「何かあったんですか?」
「何かあったというか、これからあるという、か――」
「……? 出雲さん? どうしたんです?」
正門をくぐり、昇降口を目前にして立ち止まった僕に伊丹さんが小首をかしげる。
けれど、僕はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。
代わりに回れ右をする。
そしてその場から全力逃亡を図ろうとして、
「――――遅いんですけど」
氷点下の声音と共にブレザーの
「ぅぐえっ」
とっさにチョーカーが外れないように押さえた僕の喉から、己の物とは信じがたい声が漏れた。そのまま無慈悲に
周囲を散り舞うチゾメホムラの中、白銀の長髪が視界を横薙ぎに流れ、紅色の花びらに勝るとも劣らない真赤の瞳が僕を貫いた。
「『話がしたいから朝のうちに私の教室まで来るように』って伝えたわよね。
なんで予鈴ギリギリなのかしら」
白髪紅瞳の美少女――
声音は柔らかく、表情は
周囲からすれば女子二人が親しく話し合っているようにしか見えない状況。そう望んだのは他でもない僕自身のはずなのに、今だけは真実を叫びたくて仕方なかった。
「遅れて悪かったよ。街中の景色を知りたくて色々見て回ってたんだ」
「ん、正直でよろしい」
素直に謝ったら許されたので、ホッと内心で胸をなで下ろす。
けれどその直後、撫で下ろした胸を跳ねあげられる事態が起こった。
アリシアが僕に抱きついてきたのだ。
思わずたたらを踏みそうになり、逆にアリシアに抱きついてなんとか堪える。胸元で柔らかな感触を感じつつ、鼻先を埋もれさせた白銀の髪からは濃いシャンプーの匂いがした。
「放課後、教室で待ってて」
アリシアは耳元でそう
ふわりと笑みを残し、ひらひらと手を振って去っていく。
僕はぼう然と立ち尽くすしかなかった。
「い、今のはなんだったんですか出雲さん⁉︎
放課後に何をするつもりなんですか⁉︎ ナニですか⁉︎」
そして今度は興奮冷めやらぬ様子の
こいつは何を言い出すんだ。あ、ナニか。
「なにでもなくって〈死妖狩り〉の部隊新設申請書を貰いにいくだけだよ」
「そっちじゃなぁい! いやそっちも気になりますけどっ……! 姫と知り合いになってるなんて、わたしの知らない間に何があったっていうんですかぁ!」
「そんな面白いものじゃ――っていうかとりあえず離して……」
「話すのはそっちが先ですよぉ! 姫と何があったのか洗いざらい吐いてください!」
「話すから離してぇぇぇ!」
目を血走らせ、全力で僕を揺さぶってくる伊丹さんからなんとか逃れる。
「はぁ……はぁ……ちょっと待って、いま整理するから」
呼吸を整えつつ、脳内も整理する。洗いざらい吐けと言うが、言えないことはたくさんある。僕のためにも、アリシアのためにも。
だから言えることと言えないことを分けるためにも、まず僕自身が正確に物事を思い出す必要がある。
彼女――
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